第三章 運河でスイスイ 9
ポートイルマでの交渉、それに諸問題を解決していくうちに思ったより日数が経ってしまった。
それに加え、この町で俺の好感度を上げるために、有力者が集まる昼食会、夜会な会がつくものに顔を出していれば、帰国の予定日がドンドン伸びてしまった。
その結果、重なってしまった。
俺がお借りしているこのティフォの身体の誕生日に。
生前の俺の誕生日といえば、命日のように静かだったが、美しい美少女(重複させて強調)の誕生日はそうではなかった。
あらゆる会に出席し、街の問題をすんなり解決して、町での人気と好感度が上がっているっている現在は特に。
「……姉さま。石工ギルド、街の商工会……あらゆる所からパーティの招待状が届いているのです」
どこで聞きつけたのか、朝から大量の招待状を手にしながらメイドの少女――リーラがそう告げる。その声は不機嫌である。
俺がパーティに出ると一緒にいられる時間が減るからである。
「それと手紙が添えられているのです。姫様の運河をこの日にプレゼントしてあげられなくて申し訳ありません、と」
やけに工事を張り切ってくれていたのは誕生日に合わせようと計画していたのもあったらしかった。
もちろん、善意だけではなく、そうやって自分の力を誇示してワンチャン狙っていたのだろう。
「よいしょ、うんとこしょ、っと……姫様、ルイール商会と、メイーズ組合と……あとどこでしたかな? ともかく、届いた沢山の誕生日プレゼントを運んで参りました」
グレゴーリが執務室の端に朝一番で届いた箱を積み上げていく。
この部屋が倉庫になっていく様子を俺は茫然と眺める。
「姫様、どういたしますか? どこかのパーティに行くつもりなら、今からでも護衛を組みますが」
グレゴーリがニヤニヤしながら聞く。
この将軍、今の状況を面白がっている様子である。
だが、ステンベルクの代表として政治的な立ち回りを考えなければならない俺はそうもいかない。
町の有力者に財布になってもらう――もといステンベルク発展のための投資を募るために、彼らの競争意識を利用するのは戦略通りだ。
しかし、だからといってそれを煽り過ぎれば足の引っ張り合いとなり、無用な争いの火種を生むことになる。
「困りましたね……」
まさか誕生日で老けること以外に悩む日が来るとは思わなかった。
招待状を波風を立てずに断りつつ、プレゼントを無下に扱ったと思われず、俺の好感度を維持する方法……。
こういう時こそ、歴史に学ぶべきだ。
歴史と言うと派手な戦史ばかり思い浮かべるが、人間関係は人類普遍の悩みであり、処世術もまた多い。
「高い身分の人達の好感度を上げる不用品の処理方法は……あっ!」
俺にピンと来るものがあった。
「……リーラ、招待状の返信を書きましょう。逆にこちらがお招きする側の招待状に。それに街の人達も招待しましょう。そして、グレゴーリは中庭にテーブルを並べて」
※
ポカポカと陽気な日差し。
行政府の本部の前にある白いタイルで舗装された中庭。
その脇にある芝生の上で丸くなって微睡んでいた黒猫は、突然、押し寄せてきたドカドカとした足音に不快気に耳をピクピクと動かした。
――……もう、なんなのよお!
音のした方を見ると、グレゴーリに率いられた兵士達が中庭にテーブルを並べていた。
そして、その上にテーブルクロスの敷くと、運んできたいくつもの大きな包みを開けて、中身を並べていく。
縫いぐるみ、色鮮やかなドレス、珠のような靴、キラキラと輝く宝石……。
年頃の女の子が喜びそうなものが包みの中から姿を現す。
当然、その年代に当てはまる黒猫も――正確に言えば、その中身のティフォもその例外ではない。
が、しかし、今はそれを見るのは複雑な気分だった。
――……あれ、あたしの誕生日プレゼントよね……。
自分の誕生日は、もちろん知っている。その日に届けられれば察しはついた。
そして、自分の身体を託している彼が頑張った結果なのであろうことも。
自分の誕生日に届いた、本当の自分宛てではない大量のプレゼント。
それらを陳列されて見せられて、シュンと黒い耳が垂れ下がる。
「羨ましいのう、姫様に誕生日プレゼントを贈ることができて」
その垂れた耳に作業をする兵士達の声が聞こえてくる。
「わしらはずっと国王陛下に決して贈るな、気持ちだけで十分と言われていたからのう」
そういえばティフォは、国外から届くものを除いては、両親以外から誕生日プレゼントを貰った記憶がなかった。
それは父の厳命であったらしい。
こういう事態を――プレゼント競争が起こることを危惧していたのだろうか。
「じゃが、それでよかったかもしれんなあ……こんな大きな宝石、綺麗なドレスはわしらには無理じゃ」
「そうじゃのう、戦からの帰り道、皆でお金を出し合って買った姫様への洋服もこうしてみると安物に見えてしまうのう」
――……そんなことないわよ。……全部、あたしの宝物よ。全部、今でも大切にとっているわ。
今は自分が猫の姿なのが悲しかった。
大好きな人達にお礼も言うことができない。
「ところで、姫様はこうやってプレゼントの中身を並べて何をするおつもりなんじゃ?」
「何でもチャリティ・バザーいうて、これらを売り払って恵まれない子供達へのお金にするそうじゃ」
「なら、わしらもお金を出し合って何か一つ買って、お役に立ちたいのう」
「バカを言うな。わしらはこういう場に相応しい立派な服は持ってはおらんし、礼儀作法もちんぷんかんぷんじゃ。そんな中にわしらが混じったら、姫様に恥をかかせてしまうじゃろ」
――……絶対、絶対、そんなことないわよ!
猫の姿でも、できることがある。
以前にもここで飼われていたことがあるので、間取りは分かっている。
ティフォは芝生を蹴ると、一目散に執務室を目指した。
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