第三章 運河でスイスイ 8

 数日後。

 ポートイルマの行政府の中庭には、整列したステンベルクの兵士達の姿があった。

「皆さん! 今日、集まってもらったのは他でもありません」

 そんな彼らを前に立つと俺はやや厳かに口を開く。

「わたくしの親衛隊を結成しようと思います。そして……その隊員は皆さん達です!」

 整列した兵士達の中でも前列に並ぶのは老齢の古参の兵士達。俺はその彼らの前で手を水平にスライドさせて指し示す。

「長年、ステンベルクのために忠節を尽くし、血と汗を流し続けてくれた皆さま達こそ、親衛隊に相応しいのです」

 突然の任官に、対象の古参の兵士達だけでなく、兵士達全体にざわめきが起きる。

「静まれい! 姫様の言葉は、まだ終わっておらぬぞ」

 俺の傍らに立つグレゴーリが一喝し、それを収めた後、俺は言葉を続ける。

「親衛隊の規則は一つだけです。子供達の憧れとなり、若者達の手本となるような、常日頃から親衛隊に相応しい振る舞いをすることです。」

「これでは酒場で騒いだり、路上で寝たりできなくなるぞ。街中で立ち小便などもっての他だ」

 グレゴーリが冗談ぽく仄めかしながらも、俺の親衛隊創設の真の狙いを叫ぶ。

正直、名誉職的なものだが、まず彼らに立場と良い意味での矜持を持たせる。

 そうやって自らの良心に訴えかけるようにする。

 紳士たれ、ならぬ、親衛隊たれ。

 ステンベルクのアイドルというべき美しい美少女の親衛隊ならば、きっと効果的に違いない。可愛い女の子の前で格好つけるのは男の本能なのだから。

「その覚悟がないのなら、今のうちに手を上げて辞退せい。親衛隊が不届きな行いをすれば、それはそのまま姫様に恥をかかすことになってしまうぞ」

 グレゴーリはそう言うと、脅かすように兵士達を見渡す。

 果たして辞退するものはいなかった。

「リーラ、では一緒に針仕事をしましょう……そのまま立っていてくださいね」

 俺は、裁縫道具一式を取り出すと、貫頭衣の軍服を着て直立する彼らの左胸に、ステンベルク王家の紋章である白いエーデルワイスの花が印刷された布を縫いつけていく。

 軍服に縫い付けられたそれは、親衛隊の証となる。

「う~騙されたのです。姉さまに騙されたのです」

 てっきり、俺と二人きりの時間を楽しめると思っていたリーラは恨めしそうにそう言うも、俺と同じように彼らの胸に縫い付けていく。

 やっぱり、その針の動きは素早く正確であり、家庭科には自信がある俺よりも早い。

「……姫様……ありがとうございます……」

「……まさか、ワシらにこんな日が来るとは……」

 親衛隊の証を得たことによって、段々と実感が湧いてきたのだろう。

 俺の先ほどの言葉で――その日々を思い出したのか兵士達が目を潤ませる。

「…………姫様……孫への最高の自慢話ができましたのじゃ……」

 それは先日、わざわざお礼を言うために深夜まで待っていたベルンも例外ではないようで――いや、それ以上に感極まった様子で、指の欠けた手で目頭を押さえていた。


 ※


「ふふふ、柄にもなく真面目くさった顔をしおって」

 潤んだ目を拭った後の老齢の兵士達の顔は、歴戦の強者そのものだ。

 姫様が仲間達全員に縫い付け終わるまで直立不動で待つ彼らの胸には、親衛隊の証である白いエーデルワイスが咲いている。

「羨ましいな。姫様に縫い付けてもらうとは」

『姫さま』に関しては地獄耳の少女に聞こえてしまったのだろうか。

主君を見守るグレゴーリは姫さまを手伝うメイドの少女にキッと睨まれる。

「すまん、すまん、リーラも頑張っておるな」

 将軍は禿げた頭をかく。

「……将軍は親衛隊に選ばれなかったのですか?」

 姫の護衛としてグレゴーリと同じく後ろに控えていたジェイドが冗談めかして聞く。

「親衛隊に選ばれるには、いささかこのグレゴーリは出世し過ぎてしまってな。そなたこそ、選ばれなくて残念ではないのか?」

 将軍もまた冗談で返す。

「自分は親衛隊に選ばれるにはまだまだ功が足りないようです。今回はその功を稼ぐために後方支援に徹し、調達係というわけです」

 ジェイドはそう言うと自分の胸に手を当てる。親衛隊の胸に咲くエーデルワイスの位置に。

 あの印刷された布は彼が調達してきたものらしい。

「ほう、そなたは父上から、そんな才を受け継いだか」

 グレゴーリはニヤけた顔のままそう言う。

 が、次の瞬間、真面目な顔となる。

「いや、嫌味っぽくなってしまったな。物資の調達も重要な任務。褒めたつもりだ」

「はい、わかっております。それと……それは父には黙っておきます」

「……その余計な気の遣い方は、今の姫様から影響を受けたのかな」

 グレゴーリはそう言うと、ゴホンと大きく咳払いをした。

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