第三章 運河でスイスイ 5

「皆さん、わたくしには夢があります」

 ポートイルマにある石工ギルド――メイトリンの集会所。

 そこらの貴族よりも豪華絢爛さを誇るその建物の大広間に俺はいた。

 そこでは今宵、宴が催されていた。

 名目上は俺への歓迎の宴だが、それだけではない。

 前もって伝えていたステンベルク領内の工事の協力依頼。それをギルドとして受ける価値があるのか、彼らが俺を値踏みするための場でもある。

 煌々と輝くシャンデリアの下に集まっているのは、そこらの貴族達よりも財力を持つ大旦那や、職人を束ねる親方といったギルドの重鎮。そして、その伴侶や子女達。

 そんな彼らを前に、俺は協力を取り付けるための演説を行っていた。

 俺が今、身に包むのはシンプルな白い清楚なデザインのドレス。

 港湾都市であり、人の往来が多い分、金と情報が集まり自然と洗練されていくポートイルマのファッションから見れば地味な部類である。

 しかし、美しい美少女である俺が着れば、むしろその飾り気のない部分が純真さ無垢さ清純さといったものを彼らに想起させ、自然と衆目を集め、この宴の主役に相応しいドレスになる。

 そして、ドレスと共に身に纏ったそのイメージを意識しながら俺は言葉を続ける。

「その夢とは、我がステンベルクの民が常に家族と一緒に過ごせるようになることです。皆さまご存知の通り、ステンベルクの兵士達は流してきたその血と汗によって世界一の傭兵との名声を得ることができました」

 彼らを称える言葉を述べながら、俺は全身に無駄に力を入れてブルブルと震えながら俯く。

 その言葉とは合わない挙動に、どうしたことかと聴衆達の視線が集まる。

 ここぞとばかりに俺は、瞼を閉じる回数を増やしながら、そっと目を伏せる。

 まるで涙を堪えているかのように。

「しかし、それはわたくしにとっては恥ずべきことです。何故ならそれは、世界一の父や夫になれる彼らを戦場に送り出しているということだからです」

 不細工が涙ながらに語っても罪の自白にしか見られないが、美少女が涙ながらに語れば悲劇のヒロインである。

 会場がシーンと静まりかえる。

 密かに聴衆を見渡すと反応は良好。特に親方衆はこういった人情話に弱いようである。

 俺は勝利を確信するも、それを顔を出さないように気をつけながら、あえて声が擦れるようにしながら言葉を続ける。

「ステンベルクは雪深き地。彼らがその冬の寒さの中を、家族と一緒に過ごせるように、どうか……どうかご協力ください」

 俺がそう言い、震えながら頭を下げると、会場が割れんばかりの拍手に包まれる。

 一先ず、交渉における先手を打てた形になったことに、俺はその音の中で密かに安堵した。

 演説が終わると、会場はビュッフェスタイルの食事へと移った。

「ティフォ姫、今宵は特にお綺麗で」

 会場で咲き誇る俺の下には、まるで虫の如く次々と人々が群がってくる。

若く身なりの良い若い男――手がごつくないところを商家のボンボンだろうか、彼がまずは口説くための小手調べといった様子で話かけてくる。

 すると群がっていた人々がさりげなく彼に場所を譲り、そのボンボンの言葉に聞き耳を立てる。

 その様子を見ると、ギルドの中でも皆から一目置かれている家柄のようだ。

「ありがとうございます。ポートイルマの皆さんはお綺麗で、このような地味な恰好では大丈夫かと不安になっていたところでした」

 俺はそう言うと、他のテーブルにいるご婦人方や娘さん方に視線を移す。

「いえいえ。確かに派手ではないかもしれませんが、その白いドレスはその姫様の御心が表れているようで、とてもお似合いです。先ほどの演説、私は大変、感動しました」

 その若い男は感じ入ったように自分の胸に手をやる。

「それに……必要とあれば、ティフォ姫を飾るドレスや宝石などいくらでも私がご用意いたしますから……時にティフォ姫は、どんな宝石をお持ちで?」

 さりげなく俺が持っている宝石を聞き出して、さらにそれ以上の宝石をプレゼントすることで、俺の気を惹こうとしている。

 その口説く手口の下には、ステンベルク王国を小国と侮り、自分を誇示しようとする心が見え隠れしている。

 このようなマウント合戦は人類の歴史と共にあったわけで、その歴史の記録から俺はその対策も学んでいた。

「ええ。わたくしはたくさんの宝石を持っております」

 俺は笑顔で言葉を続ける。

「まずは宰相のキルケー。彼のおかげでステンベルクは法と秩序が守られ、民は心安らかにくらしております。次に将軍のグレゴーリ。彼が敵国に睨みをきかせているおかげで、国境が平穏に保たれております。それから――」

「――いやはや、参りました。さすがに私でも、それ以上の宝石を用意することはできません」

 嬉しそうに指折り数える俺に対して、若い男は降参といった風に肩を竦める。

 しかし、俺をものにすることに諦めたわけではないようである。

 理想的な距離感である。

 今回は口説くのに失敗してしまったが、この田舎の小国の姫らしい純朴そうな感じならば、ワンチャンいけそうだと思わせることができた。

 また、先ほど若い男に譲った群がった人々にも、単純な経済力勝負でないのなら、自分の達にもいけるかもしれないという希望をもたすことが出来た。

「ステンベルクの宝石達を輝かせるために、協力をお願いしますね」

 そして、謙遜しながらもステンベルクの一番の宝石は彼女自身だと思わせる、キラキラと輝く笑顔で、目の前の若い男、そして群がるに人々に微笑みかける。

 よし! これでそのワンチャンの近道は、俺の語った夢を叶えてあげることだと彼らは認識したはずだ。

 そして、もう一つ、協力してもらうための餌をギルド内に撒いておく。

「今は協力してもらうお礼を――工事費用を払うことはできませんが、完成して木材をこのポートイルマに運べるようになりましたら、この地での販売権を差し上げますから」

 今度はもっと広い範囲でギルドの男たちが聞き耳を立てたのがわかった。

 木材の販売権。それがどれだけの利益を生むのか想像できない彼らではない。

 問題なのは、その餌を撒く場所である。

 ギルドとは自分達の利権を守るための組織である。

 しかしそれは、単なる互助組織というだけではなく、抜け駆けしないように監視し合うための組織でもある。

 その根底にある疑心暗鬼と競争意識を利用するために、その僅かな隙間に餌を配置して、相手を一枚岩にせずに、こちらが主導権を握るようにしなければならない。

「ただ、恩には報いらなければならないので、工事費用や人員、資材を多く負担して頂いた方に多くの木材を割り当てさせてもらうのは、ご了承ください」

 俺はそう言うと、恐縮という風に微笑みながら、ペコリと頭を下げた。

「ティフォ姫、顔を上げてください。それは商談として出資に応じて割り振るのは当然ではないですか……なあ、みんな!」

 この話の前に、色恋で競争させ、ワンチャンの近道を彼らに認識させていたのがよかった。

 若い男が資金力の自信もあって、自分の器の大きさを見せようと皆に呼びかける。

「姫様、人員の方ならお任せください!」

「資材の方なら、我らが融通しますぞ!」

 それに煽られるようにして、次から次へと賛同の声が上がる。

 こうして俺はギルドから協力を取り付けた。

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