第三章 運河でスイスイ
第三章 運河でスイスイ 1
ステンベルク王国、王都ジュレムの城下町。
今日はその広場の中央に大勢の人が集まっていた。
俺は、そんな彼ら彼女らに囲まれながら、今か今かと待っていた。
広場に置かれているのは空の樽。その上に延々と山まで続く木製の筒が置かれている。
そして――その筒から、チョロチョロと音がし始める。
それは空耳ではなかった。
やがて筒から水が流れ出して樽を濡らしていく。
俺は恐る恐るその筒から流れ出ているそれに触れる。
「……温かい……」
そう、それはただの水ではない。俺達が先日、辿り着いた源泉から引かれたものだ。
あの三人での探索の後、その地下資源を活かすために、源泉からこの広場までのいわばパイプラインを敷設する工事を行った。
そして、今日はそれを開通させる日だった。
「……あら? 少しずつ熱くなっていく」
湯量が増えるにつれて、温度が上がっていく。
といっても、源泉からここに届くまでに冷やされているから、体感で20℃くらいか。
しかし、水といえば川の冷たい雪解け水のこの国では貴重な熱量だ。
今は簡易な構造での実験的な段階だが、保温性を高めたり、湯量を増やしたりするように改良していけば、さらに高温のお湯を大量にこの広場だけでなく町の各所に供給できるようになるハズだ。
「……よかった。成功みたいです」
俺の言葉に、詰めかけてきた群衆から歓声が沸く。
といっても、この施設の意味、活用の仕方を知らないだろうが、彼ら彼女らは美しい美少女の俺が笑顔で嬉しそうにしているのを見てると、嬉しくなるようである
まだまだそれに慣れない俺は、ちょっと照れ臭くなってしまう。
「う~う~」
そんな大人達の足元で子供達がジッと見ている。
「……触ってみる?」
俺は照れ隠しの意味もあって、そんな子供達を手招きする。
そして、子供達は湯が流れ出てくる構造物を興味津々という目で見上げながら、おっかなびっくりで水流の下に手を伸ばす。
「わ、温かい水が流れている!」
一人がそう言うと、競うように手を伸ばす。
そんな様子を微笑ましく眺めながら、俺は語りかける。
「これでご飯の前に、手を洗う時も冷たくないね」
「……? ひめさまはそんなに手を洗っているの?」
そ、そうだった。
この世界では、手洗いの習慣さえないんだった。
そもそもの目的が衛生観念の向上だが、入浴の習慣とかいう前に、手洗いとかそういうとこから始めていかないとダメなようである。
ばい菌とか言っても通じないだろし、この世界の価値観に合わせて言うと、ええっと……。
「普通に暮らしているだけでも、手に瘴気がついてしまうの。だからね、ご飯の前に手洗いをすると手が綺麗になって、お口に瘴気が入るのを防げるの」
小さな女の子がキラキラしながら俺を見上げる。
「きれい? いっぱいおててを洗ったら、ひめさまみたいにきれいになれるの?」
「え? え……。あ、うん、もちろんそうよ」
※個人の感想であり、効果、効能を保証するものではありません。
心のモニターの隅っこに、小さな文字でそんな表示をした後、俺は手本を示すように手を洗う。
「おおー」
声を上げ、納得したように見上げる子供達。
そして、子供達の中でも特に女の子が熱心に手を洗い始める。
俺はその様子を、まるで幼稚園の先生になったような気分で見ていた。
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