第二章 湯煙殺人未遂事件 3
「我が君は職務熱心ですな」
今日は休むという前言を撤回し、執務室に来た俺を見て、キルケーは開口一番そう言った。
「それで我が君、何か新しい施策でも思いついたのですか?」
キルケーが書き物をしていた手を休めて、そう言う。
俺の手に書類が握られているのを見て、察したらしい。
それは間違いでなく、冷血宰相を説得するために、俺は急遽、メモ書きに毛が生えたようなものだが計画書を作成したのだ。
「源泉を探し、温泉施設を造ろうと思うのです」
俺はそう言うと、ティフォのアドバイス通りもっともらしい理由を付ける。
いや、確かにきっかけはメイドの少女の更生ためだったけれども、計画書を作成していくうちに、そのもっともらしい理由も仮初ではなく十分に根拠となるものであるような気がした。
「市政の暮らし眺めて、そして兵士達と共に戦場に赴いて、わたくしは思いました。衛生観念を向上させなければならないと」
「ほう……」
キルケーが髭を撫でる。
我が君の――俺の目の付け所は悪くないという様子だ。
「戦場では、戦闘行為そのものよりも、それで負った傷や病が原因での死傷者の方が多いことをわたくしは知りました。ということは、そういった被害を減らすための衛生観念の向上は戦力の底上げになります。そのきっかけとして、温泉施設の建設、そしてまたそのお湯を活用することでまずはこの王都ジュレムのひいてはステンベルク王国全体の衛生環境の向上をはかりたいのです。今回の戦いは地の利のある場所であり、そういった損害は軽微ではありましたが、これから先のことを考えれば、風土病や疫病の被害を防ぐためにもますますそれは重要となると思います」
頷くキルケー。賛同してくれている様子である。
冷血宰相の異名通り、キルケーは頑固だが、筋さえ通せば話は分かってくれる。
「分かりました。ポートイルマの行政府を抑えた時の金庫に残されていた資金、それにポートイルマの各ギルドからの上納金があります。それお使いください」
予算を付けるということはお許しが出たということである。
「それで……やはり、ご自身で行かれるのですか?」
「……え? あ、はい」
自分で返答しておいて、自分が非常識な事を言っていることに、俺は気が付いた。
小国とはいえ、一国の姫がする仕事ではない。
「まあ、良いでしょう。必ず護衛は付けるようにお願いします」
「……本当に良いのですか?」
条件付きとはいえ、許可が出たことに俺は驚く。
「休みをその日にしたと思えば良いでしょう。それにしても、血は争えませんな。国王陛下もまた、休みの度に山歩きに行ったものです。お父上の部屋に行けば、その時に使った道具などもあるかもしれせんな」
「そうなのですか?」
あ、しまった。
さすがに娘が父親の趣味を知らないのはおかしいだろう。
「まあ、我が君は知らないでしょうなあ。我が君は――失礼、国王陛下はアレント家の令嬢に蹴られてから、心を入れ替えてくださいましたからなあ。それから、ふらふらと一人での山歩きは自重されるようになりましたからなあ」
いささか毒を含みながらキルケーが言う。
「アレント家の令嬢というと、お母様……? お母様からお父様が蹴られた?」
文字通りティフォの身体を預かる身として彼女と関係が深い家の名前は覚えるようにしている。
その中にアレント家の名前はあった。ティフォの母の生家である。
ちなみに、アレント家はもうない。一人娘が王子(当時)と結婚したことにより、ステンベルク家に吸収されたためである。
「失礼、余計な事まで話してしまいましたな」
と言うものの、キルケーはあからさまではないものの、少し意地悪な――それでいて、どこか嬉しそうな顔をしていた。
その国王陛下の思い出話を、その娘にするのが面白い様子だった。
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