第一章 本当の自分の姿が見られてしまったの 2
「ポートイルマと西龍城。この二つの城を手に入れたのは、単なる偶然ではないようだね」
城から出てきた蘭皇子は馬車に乗り込むと、それを引く二頭の馬を操る御者にそう言った。
「そうですか」
御者は頷かず、小太りの大人の身体とは不釣り合いな稚児のような顔に表情一つ浮かばせず、無表情のまま応える。
それは、馬を御することに集中しているからではなく、この人物の性質なのだ。
本来、皇子という立場の人間に対してそういった態度は無礼であるが、他ならぬその皇子がそういった性質を気に入っていた。
馬車が走り出す。
その窓から城の方を見ると、類まれなる美少女とその腕に抱えられた猫がこちらを見ていた。
形式的にはお見送りなのだが、その表情は固い。
自分が原因とはいえ、結局、最後までその笑顔を見ることはできなかった。
そのことを残念に思っていることに気付いて苦笑しつつ、それと同時に、ふと思いついたことを皇子は尋ねる。
「……沈沈。男の機能を失ったお前でも、ステンベルクの姫は美しいと感じるものなのかい?」
その言葉通り、御者は――沈沈は、腐刑に科せられたものであった。その後、宦官となり皇子に仕えている。
大人と稚児が混ぜこぜになったような、彼のその風貌はその腐刑の影響であった。
さらにその完全に男でもない、かといっても女でもない性と、侮蔑されながら宮中に潜む宦官という仕事は、彼の人格を捏ねまわして今の性質を作りあげた。
沈沈は振り返り、未だに見送っている美少女を一瞥する。
「神が創りし神韻縹渺たるお人ですね」
「珍しいね。神を信じないお前がそんな言葉を使うなんて」
この男は、物事の事象に超越的な意味があるなんて考え方をしない。
自分に科せられた腐刑もまた例外でなく、それを神が与えた試練などと解釈することもない。
「例えば、腕利きの職人が理想の美女を追い求めて人形を作りあげたとしましょう。では次に、逆にその理想を体現した人形を元に人間の美女を作りあげたとしましょう。果たしてその時に、ステンベルクの姫はできあがるでしょうか」
「……確かにならないような気はするね」
「その不可逆性の部分に神性を感じるのです」
「ふうん……やっぱりステンベルクの姫の美貌は凄いね。お前にそんなに口を開かせるなんて」
沈沈は、今度は無反応であった。
皇子の言葉に気を悪くしたわけではなく、ただ事実を言われたまでだから反応する必要がないという感じであった。
「彼女らと色々とお喋りしてみたよ。今はステンベルクの姫の中身の彼の戦略を聞くことができたし、同盟を結ぶことになった」
またしても御者は無反応。
しかし、それに慣れているのだろう。皇子は構わず話を続ける。
「かつての自分の姿を見せたことで動揺は誘えたようだ。彼女は――彼は、人間は自分が知る情報の中で合理的な選択をするという前提でものを考える癖がある。しかし、その前提が崩れている彼の戦略は破綻するだろうね」
その時、悠の国は――いや、自分自身は、どう動くべきか。
それは今後の宿題である。本来の身体を取り戻すことと共に。
「言わなくていいことまで言って、色々と喋ってみたけど駄目だったよ。自分達の身に何故、こんなことが起きたのか知らないみたいだ。彼女らも巻き込まれただけなのかもしれない」
しかし、一番、重要なことは言っていない。
何故なら、あの三人――美少女、猫、醜男の中で自分がもっとも不利な立場であり、その焦りを読み取られれば、交渉の主導権を握られる可能性があったからだ。
狭い――一際狭く感じられる馬車の中で、皇子は軽く身体を動かしてみる。
呪いという言葉が良く似合うブヨブヨとした脂肪の塊は、軽く動かしただけなのに簡単に息が苦しくなってしまう。
その上、嫌悪感を呼び覚ますこの容姿は、人にその内面のだらしなさ、醜さを連想させてしまう。
「急がなきゃね。このままだと魂魄がこの身体に固定されて元の身体に戻れなくなってしまう」
彼女らは気付いているだろうか。心の声の大きさが、そしてその届く距離が、段々と小さく、短くなっていることを。
それを全く聞くこと出来なくなったら、それは完全に魂魄がその身体に固定されてしまった証拠だ。
「早く見つけないとね。僕の本来の身体を。そして、盗掘された鼎を」
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