第一話「入学」 その6
「んじゃ、次は呉田。よろしくう」
来ちゃったかー。
正直聞きたくなかったが、だからといってカナメのときだけ耳を塞いでたりしたら逆に自分が目立っちゃうので、おとなしく聞くことにした。
いや、聞き流すことにした。
全力で。
「こんちゃっす。呉田要っていいます。将来の夢はモテモテになることです。よろしくおなしゃーす」
そのちゃらけた内容に、クラスは少しの笑いに包まれる。
…あれ、意外と普通じゃん?
この自己紹介の真意を本人から直接聞きたかったが、現在の席は教卓を中心として男子と女子で分けられており、尋ねられる距離ではなかったので、あとで聞くことにした。
…と思っていると、隣の席の子が何やら紙切れを渡してきた。
なんでも、カナメから回ってきたらしいが…。
嫌な予感がしながらも、開かないわけにもいかないので恐る恐る紙切れを開いていくと、そこにはこう書かれていた。
『お前のことだから、なぜ俺が真面目に自己紹介したか疑問に思っていることだろう。その理由は単純で、第一印象をよくするためだ。人はどうしても第一印象で人を判別してしまうものだろう?だから、俺はできる男を演じたというわけだ。これもすべては女にモテるため…。俺はもう今迄の俺じゃないぜ…! ちんちん』
…なん…だと…。
手紙の最後に『敬具』のように『ちんちん』と書く癖はまだ直ってないようだが(前から思ってたけどどういう癖なんだ?)、どうやらあいつはあいつでモテるために努力はしているみたいだ。
きっとさっきのガタイくんとの掛け合いもさわやかさを演出するためのものだったのかな、と思い直す。
うう…、お母さんうれしいよ…、となぜか子供の成長に涙するお母さんムーブをかましてしまったが、どうやらあいつも少しずつ変わってきているらしい。
でも、なんだか距離が離れていくようでなんだか寂しいな…って、なに柄でもないことを考えちゃってるんだ!
あいつがウチから離れれば憑き物が取れるようにスッキリするはずなんだ。むしろ、ストレスフリーになって清々しいはず…なのに、なぜか少し寂しい。
やっぱり曲がりなりにも幼馴染だからなのかなあ。
「んじゃ、次は今井。よろしくう」
と、初めて感じる感情に戸惑っていると、気が付いたら自分の番が回ってきていた。
やっぱり人前に出るのって緊張するな…というごく普通の感想しか出てこない自分の普通さを恨みつつ、少し早足で教卓の方へ向かう。
クラスメイトに見られているというプレッシャーを感じつつ、教壇の上に立ち、少し湿り気が無くなった口を開く。
「私の名前は今井叶恵です。普通さには自信があります。よろしくどうぞ!」
よし、噛まずに言えた!
と、安堵する気持ちと同時に手汗をかいていたことに気づき、ポケットからハンカチを取り出して手をふく。
ふー、でもこれで今日の山場は乗り切ったぞ。あとはほかの人の自己紹介を気楽に聞くだけだ。
ウチの後の女子も順調に自己紹介を進めていき、この調子で行けば(女子の方は)つつがなく終わることができそうだな、と安心していたのも束の間、やっぱりイベントが発生してしまう。
「んじゃ、次は久保田。よろしくう」
「ひゃ、ひゃい!」
久保田と呼ばれたその子は、あがり症なのか返事の時に声が裏返ってしまっていた。
クラスメイトもその光景になごみ、おだやかな雰囲気に包まれていた。
しかし、久保田さんは先ほどのミスから逃げるように急いで教卓の方へ向かってしまったのが仇となったのか、何もないところで盛大に転んでしまった。
豪快に頭から突っ込んだ影響でスカートもめくれてしまっている。
「って、大丈夫!?」
男子は久保田さんのめくれたスカートのせいで直視できないようで目を逸らしている中、ウチを含めた女子数人が久保田さんに駆け寄る。
頭からすっころんでたから、本当に心配だ…!
「おい、久保田大丈夫か?」
さすがの坂本先生も、この事態には焦ったようで慌てて久保田さんの方に駆け寄る。
こうして女子数人と坂本先生に駆け寄られた形になった久保田さんは腕をさすりながら申し訳なさそうに口を開く。
「ご、ご心配をかけてしまいすみません!私、ドジでよくこけるので…。それで咄嗟に腕をクッションにできたので大丈夫…」
「どけどけえ!」
「!」
とっさに声のした方を振り向くと、なんとカナメがこちらに駆け寄ってきていた。
ま、まさか彼女のことを心配して…!?
「ふん…、色は白で、フリルがついたものか…。いいね」
「てめえ何パンツ見るために駆け寄って来とんじゃあああああ!!!」
「ひでぶ!」
カナメの顔面目掛けた渾身の右ストレートが決まる。
全く、心配して来たのかと思えば、まさか久保田さんのパンツを見るためとは…。
ていうか、モテるために第一印象をよくする話はどこ行ったんだよ。
カナメの中の優先順位が、モテ<パンツだという事実に軽く絶望しつつ、久保田さんの方に向き直る。
「一応何か見えない傷があったらいけないから、保健室に連れて行こう。俺が連れて行くから、みんなは自己紹介の続きをしていてくれ」
そう言いのこして、坂本先生は久保田さんとともに教室を後にした。
…まったく、それにしてもカナメのやつ。
せっかく少しは見直したってのに…。これはあいつに彼女ができるのは当分先だな。
なぜか心の奥底で変わらないカナメに安堵してしまう自分に気づかないふりをしつつ、さきほどの自己紹介のつづきが始まったので、そちらに耳を傾ける___。
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