第一話「入学」 その3

 入学式開式まであと五分ちょっととなった。

 さすがにこの時間ともなるとほとんどの生徒が来ているみたいで、体育館内は少しにぎやかになっていた。

 ちなみに、体育館内にはパイプ椅子が並べられていてそこに自由に座って参加してよい、ということになっている。

 クラス分けはどうやら入学式が終わった後に体育館前で張り出しという形で発表されるらしい。

 この学校の体育館内にはトイレが無いみたいだったので、ミキミキは校舎内のトイレに向かったようだ。なので、さすがにそろそろ帰ってくる頃だろう。

 ミキミキの隣に座りたかったので今まで椅子に座ってこなかったが、もうすぐ開式なので座る席くらいは決めておこうかな、と思った矢先に誰かに肩を掴まれる。

 そしてその肩を掴んできた奴はなぜか呼吸が乱れていた。おそらく急いでここまで来た影響で息が上がっているのだろう。

 ああ、振り返るまでもない。おそらくこいつは…。

「おい、どうして起こしてくれなったんだ!」

「は?」

「いや、幼馴染が家に起こしに来るってのは、基本中の基本だろうが!」

「どの世界の基本なんだそれは」

 そう、何を隠そう、というか本当は何としても隠したかったのだが、この間の抜けた男はまぎれもなくウチの幼馴染であった。

 こいつとは生まれた時からずっと家が隣同士だったので、必然的に付き合いも長いことになる。

 名前を呉田要くれたかなめといい、偶然にも名前まで似てしまっているのだ。

 じゃあなんでこいつのことをそんなに嫌がっているのかというと…、まあ簡単に言えばキモ過ぎるからだ。

 別に容姿が生理的に受け付けないとかではない。たしかに髪の毛は手入れがされてないのかいつもボサボサだけど、顔はしっかり整っている方だ。

 何なら面食いの女ならホイホイついて行きそうなくらいにはイケメンと言ってあげた方がいいのかもしれない。

 どうやらトレーニングを日課にしているらしく、肉体もなかなかのもので、正直見た目だけだと男性らしさを感じずにはいられない。

 しかし、こいつには女の噂は全くと言っていいほど立たない。

 それはこいつがあまりにも男性らしすぎる…いや、あまりにも下心がありすぎる変態だからだろう。

 カナメは昔から天才肌で成績も抜群。この無敵高校に入学したのも、近かったからというそれだけの理由で来るような男だ(偏差値が高いとこに行くと堅い女しかいなさそうだとかほざいていた記憶もあるが、キモ過ぎるので多くは語らないことにする)。

 とにかく、その天才性を遺憾なく発揮してこれまで過ごしてきたのだが、天才特有の妙な好奇心を発揮し過ぎた影響で性に対する執着も増えに増え、オーラが体中から滲み出るほどの変態性を有するまでになってしまった。

 まあ、その変態加減は今後ドバドバ露呈すると思うので、詳しい説明は省くことにする(ていうか説明したくなさすぎる)。

 ちなみにトレーニングをして肉体を鍛えているのも、女にモテるためにやっているらしい。

 まあ、悪い奴ではないのだ。TPOはちゃんとわきまえるし、誰かを襲ったりすることもないし。

 しかし、女目線からすると…正直付き合っていてキツすぎるというのが素直な感想だ。

 正直こんなやつのことを好きになるやつなんて今後現れないだろうし、ウチもこいつを好きになることなんて金輪際ないだろう。

 と、心の中で散々なことを言われていることに気づく様子もないカナメは、先ほどの会話の続きをし始めた。

「いやー、マジで危うく寝坊するところだったわ。お前の母さんが電話してこなかったら完全に寝っぱなしだったね」

「ちょっと待って、なんでそこでうちの母親が出てくるの!?」

「いや、なんか叶恵とちゃんと一緒に登校してる?仲良くやってる?みたいな電話されたんだけど」

「どんだけウチとカナメをくっつけたいのよ…」

 幼馴染という間柄もあってか、カナメとうちの両親の仲はとてもよく、昔から頻繁にお喋りをしているのを見かけていた。

 いつから、そしてなぜかは知らないが、ウチとカナメを結婚まで持って行こうとする話に発展し、最近そのアプローチが積極的になってきている。

 まったく、両親たちにはこいつとの仲がどう見えているのか不思議でならない…。

「やれやれ、アプローチをかけんるんならもっと裏から手を回せって話だよなー。つーか、結婚する相手くらい選ばせろって感じだし…。それより、おっぱい揉みたくね?」

「文脈はどこ行ったんだ!それになんでウチがおっぱい揉みたいことが前提なんだ!」

「あー、安心しろ。お前のおっぱいは揉まねえよ。つーか、揉めねえって言った方が正しいか。」

「揉めるものが無いくらい小さい胸で悪かったね!!!」

 こいつ…、ウチのコンプレックスである貧乳をこんな公衆の面前でイジってきやがって…!

 そ、それにまだ成長期が来る可能性はあるっていうか、逆に言えばポテンシャルを秘めてるっていうか…。

 そんな風に自分を慰めていると本当に悲しくなるので、すぐにそんな考えは振り払った。次この話題を振ってきたら確実に息の根を止める。

「てか、ここに来るにあたって、集合場所がわからなくて困ってたら超美人なチャンネーがいてよ。多分同級生なんだろうけど、なんなんだあの滲み出る不可侵性は…」

 あれ、それってまさかミキミキのことじゃ…?

 そう思って、信用できないカナメのことなので念のため確認の意味を込めて質問をする。

「あのさ、まさかその美人さんにセクハラしたりしてないよね…」

「バカ、そういうところは俺は弁えてるんだ。全身を舐めまわすように見るだけに止めたよ」

「それをセクハラっていうんだよ、カス!」

 やっぱこいつ、救えねえキモカス人間だわ。

「んで、まあついでだしその人に集合場所を聞いたんだけど、親切に体育館集合だってことを教えてくれたぜ。にしても、マジで聖女みたいな人だったな…」

 そう言って、手を半開きにしたまま空気を揉むようにして手を開けたり閉じたりしていた。

 …もうツッコまないことにした。

 くだらない話に花を咲かせてしまったことを悔やみつつ、腕時計を確認する。

 現在の時刻は九時二十八分。

 そろそろミキミキが帰ってきてもおかしくないのだが…と心配になったところで、聖女の美声に声を掛けられる。

「ごめんなさい、時間ギリギリになってしまいました…。急いで席に…と、あなたはさっき集合場所がわからなくて困っていた人?叶恵さんと知り合いだったのですね」

「うお!まさかまた会えるなんて…。って、叶恵、この聖女と面識会ったのかよ」

「さっきまでお互いはじめましての状態だったんだけど、ミキミキが話しかけてくれてそこから仲良くなったってことがあったのよ。あんたには関係ないから黙ってて?」

「なんか今日あたり強いな…」

 いや、だってこんなやつと幼馴染っていうか、長い付き合いだってことが知られたらウチまで変人扱いされる可能性があるんだから、避けるに決まってるじゃん…。

 せっかく高校で初めてできた友達なんだから、こんなところで距離を取られてたまるかって感じだ。

「ちなみに、新しい環境だからってとにかく色んな人と関わりを持つのはお勧めしないぜ。どうしても関わる時間が短くて挨拶だけで終わってしまう気まずい関係、いわゆる『よっ友』が増えるだけだからな。俺からのささやかなアドバイス(ウインク)」

「余計なお世話よ!」

「ふふふ、お二人とも仲がいいんですね」

「全然仲良くないよ!」

「ははは、そう見えちゃうー?てか、付き合いません?」

「カナメ、頼むから黙ってて!」

 そういうセクハラ発言は、頼むからウチだけに留めてほしい…。いや、ウチにもしないでほしいんだけども。

 結局、そんなことを話しながら三人隣同士で席に座ることになった。

 カナメをミキミキの隣に座らせるわけにはいかないので、左からミキミキ、ウチ、カナメの順番で着席し、入学式開式を待つ。

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