第一話「入学」 その2
これからの高校生活に思いをはせながら歩いていると、あっという間に校門前に着いていた。
時刻は九時ちょうど。集合場所は体育館で、九時開場なのでタイミングよく入場できそうだった。
せっかく開式まで時間あるし、今のうちに話せる相手でも作っておこうと思いあたりを見回す。
と、あわよくばさっそく友達を作ろうと決心したウチの予想もしない事態が、なぜか体育館で起こっていた。
開場して間もないこともあってか、まだ会場には人がまばらにしかいないのだが、その中で二人も目立つ人物を見かけてしまったのだ。
一人は、圧倒的に美人の生徒。
金髪碧眼…というわけではないのだが、日本人らしい華やかさと美しさを兼ね備えた女の子が立っていた。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花という言葉は、まさに彼女のためにあるのではないかと思えるほど、そのオーラは人を圧倒させた。
現に彼女の周りには誰も近づこうとしない。
しかし、その光景を見ても不思議と可哀想という感想がでないほど、彼女は美女だった。美少女ではなく、美女という形容がまさに正しい。
と、その可憐さに圧倒され過ぎて外見の特徴について深く見ていなかったので、もう少し深く彼女を観察する。
まずその端麗な外見をこれでもかと主張しているのはそのスタイルだろう。
出るところは出て、しかし出すぎることもなく、その他の部位はスレンダーに。見れば見るほど現実離れした体形だ。
胸はまさに女性らしさを演出するのにベストな大きさをしている。たしかに大きいのだろうが下品さは微塵も感じられず、巨乳という言葉が似合わないと思ったのはこれが初めてかもしれない。
次に脚。ストッキングをはいていて詳しくはわからないが、手や顔の肌の色を見るに、おそらく色白。そのストッキングに包まれた脚はこれでもかというほどすらりとしていて、まさに完璧な曲線美を描いていた。ここまでストッキングが似合うのは素直にうらやましいと、ひそかに妬んでおく。
そして顔。これはもう説明するのも面倒くさくなるほどだ。黒く透き通るようなサラサラなロングヘアーに完璧にマッチするその深遠な黒い瞳。さらにその黒と対照的な肌の白さが芸術的なコントラストを生み出していた。
鼻筋はシュッとしていて、唇は潤いを保ったままの薄いピンク。その肌には一切の毛穴もないような、作り物なんじゃないかと思うようなほどつるつるすべすべしてそうだった。
化粧禁止のこの高校で、ここまで美しさを醸し出せるなんて…。同じ女として完全に敗北した事実から逃避するように、彼女から視線をずらす。
が、視線を逸らした先にまた現実離れした光景が。
「えい!」
「うわ、こんなとこで抱きつくなって!めっちゃ見られてるし恥ずかしいだろ」
「だってお兄ちゃんが遠くに行っちゃうみたいで寂しいんだもん」
「あのなあ、高校の入学式に出るだけなんだから、会えなくなるのもちょっとの間だけだろ」
「違うよ!だって今まで同じ学校通ってたから休み時間とかに会えたけど、これからは学校では会えなくなるってことなんだよ!?」
「いや、だからどうせ家に帰ったら家族なんだからいつでも会えるだろ?」
「もー、お兄ちゃんのニブチン!」
「ったく…めんどくさい妹だな…、ってお前まで腕絡めてきてどうしたんだよ!?」
「…妹ちゃんばっかり、ずるい。私だって、お、幼馴染なんだし、これくらい…」
「ちくしょう!なんで入学式早々こんなことになってんだよ!」
…なんだあの空間は…。
なんだか見てるだけでお腹いっぱいというか胃もたれしそうというか。率直に言えばラブコメ臭すぎる空間がそこには広がっていた。
ていうか、幼馴染ねぇ…。
そういや、あいつまだ来てないみたいだけど、ちゃんと集合場所とか時間とか知ってんのかな…。
って、最悪だ。さっきのラブコメ野郎たちのせいで考えたくもない奴の心配をしてしまった。
と、そういえば友達作りのためにあたりを見回していたことを思い出し、誰か暇そうにしている人を探しかけたところで…。
「あのー、今お時間ありますでしょうか?」
「はい?」
その妙に透き通った声の方を振り向くと、さっきの美人さんが立っていた。どうやら、ウチに用があるらしい。
「えーと、どうしたの?」
「あ、いえ。まだ開式まで時間があるので、お話でもして時間をつぶそうと思いまして。あ、まずは名前を名乗った方がいいですよね!私は『
「えーと、ウチは今井叶恵。叶える恵みで叶恵っていうの。よろしくね!」
美姫さん、もといミキミキはその近づきがたいほどの端麗な容姿とは裏腹に、とても接しやすそうな人だった。もちろん容姿同様言葉使いも綺麗なんだけど。
というか、そのルックスとミキミキっていうニックネームのフランクさのギャップがとてつもなく、うっかり笑いそうになってしまう。
いきなり第一印象最悪になるわけにもいかないので、何とか笑いそうになるのを表に出さないようにしつつ、会話を続ける。
「ミキミキはどこの中学出身なの?」
「あ、実は私親の仕事の都合で県外から引っ越してきまして…。それで近場のここを選んだ形になるのですが」
「へー、そうなんだ!」
どおりでミキミキの存在を知らなかったはずだ。こんな美女が近所にいたら百パーセント噂になって、いやでも耳に入ってくるはずだしね。
「ウチは生まれてこのかたこの近辺で育ってきたから、今度いろいろ周辺を案内してあげるね!」
「本当ですか!?まだまだ知らないことだらけだったので助かります!」
よし、楽しく話せたな(パーフェクトコミュニケーション)。
そんなこんなでミキミキと仲良くなり、軽い世間話を交えながらお互い自己紹介などをしていると、気がつくとあれから五分ほど経っていた。
入学式開式まであと十五分といったところ。
せっかくなので開式までミキミキと話しながら時間をつぶそうと思っていたのだが、ここでミキミキが「式の途中に抜けるわけにもいかないので、今のうちにお手洗いを済ませておきますね」と言い、ひとりトイレに向かって行った。
自分は別にトイレに行きたいわけでもなかったし、ついて行くのもどうかと思ったので体育館に留まることにした。
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