第7話『芒の配達人』

 朝食を食べ終え、私は外である人を待つ。心地よいおだやかな陽気の中で待っていると、その人が現れる。


 空中から。


 その人はほうきに乗っていて、何とも奇妙な格好をしている。箒に乗っているのは普通……いや、ちょっと珍しいのだが、わきに箒を抱えていることに違和感を覚える。脇に抱えている方のは緑で箒よりも明らかに太い。穂先ほさきも、普通の箒に比べたら白っぽい。

 そう、彼が抱えているのは箒ではない。箒に似た、そのものこそが彼が私に届けに来たもの、すすきの穂なのだ。


 空色の髪に碧眼へきがんの青年が地面に降り立ち、芒を抱えていないほうの手で箒を持つ。三角帽子は被っていないが、彼は人間の魔法使いだ。彼はソラネコ。私は彼のことをソラと呼んでいる。


 ソラは“西の大陸”レヴァルロ出身で、数年前、私と同じくらいの時期に東雲村しののめむらに越してきた。今はそこで、色々な雑貨を売る万屋よろずや蒼万あおよろずを営んでいる。ただ、彼自身はかなり奔放ほんぽうなところがあって、ほとんど店にいない。使い魔たちに店を任せて、大体は外出しているらしい。

 彼に言わせれば『仕入れの一環だから別に良いだろ?』ということなので、何もしていない訳ではないらしい。そんな奔放な彼だが、私が店に行く時は大抵たいてい店にいるのだから不思議である。


 同時期に故郷から出てきたこと、同年代であることから彼とは出会ってから程なくして仲良くなった。しかし、私と彼にはひとつだけ大きな違いがある。見てわかる通り、彼は現在進行形で空を飛んでいる。そう、彼と私の大きな違いは、魔法を扱えるか否かだ。


「おはよう、ヤタ」

「おはようございます、ソラ」


 彼はふわりと私の前に着地すると、脇に抱えている芒の束から一つかみを分離させて私に差し出す。


「ほい、これがお届け物だ」

「ありがとうございます」

「その辺の草叢くさむらから今朝取ってきた新鮮なやつだ。天然物の方がなんというかご利益ありそうだろ。自然のめぐみって感じするじゃん?」


 適当なこと言ってごまかしているが、しっかりと良質な物だけ選んで採ってきている。ここ、鴉野山からすのやまにも芒は生えているが、ここまで立派な物は生えていない。


「流石、芒のプロですね」

「1年にたった1日の職業だけどな。万屋は何でも屋だから、何屋になっても許されるから気楽さ」

「確かにそうですね。それはそうと、この芒はかなり立派なものですね。かざった後に燃やすのがもったいないくらいです」

「あー、ヤタは着火剤に使うのか」

「ええ、とても燃えやすいので重宝していますよ。これも役目を終えたら、もちろん燃料になりますよ」

「魔法が使えないと色々大変だな」

「多少面倒ではありますが、私が使えないので仕方ないですよ。ないものねだりをしたところで、いきなりあるようになったりしませんから」


 魔法が使えないことで、日常生活に多少の不便はともなうが、もう長いのですっかり慣れてしまった。


「しかし、箒で飛んでくるなんて珍しいですね。いつもは歩いてここに来ているのに」

「村中飛び回るからだよ。そんな距離歩き回ったら疲れちまう。つっても、ここともう2、3か所だけどさ」

「なるほど。結構な距離を移動するとなると、箒の方がはるかに楽そうですね」

「あと、ついでに鮮度も大事? らしい」

「鮮度? 芒のですか?」

「あぁ、緑の魔女フェネルがうるさいんだよ。だから、文字通り産地直送にしてやった。草叢から直行だ。それはサフィーにやらせたけどな。流石に神社が一番最初だ」

「彼女、植物に強いこだわりがあるので、それ関連はうるさいですからね」

「あぁ、まあいつものことだから大したことないけどな」

「あんまり長話していたら、芒の鮮度が落ちてしまいますよ?」

「はは、確かにそうだな」


 ソラは箒に乗って、出発の準備を済ませる。


「そんじゃ、残りのこいつらも配達してくるわ。新鮮なうちにさ」

「ええ、気を付けてくださいね。また午後に、芒のお返しをしに行きます」

「おう。午後には店に戻って待ってるわ。んじゃ、また昼に」


 ソラは地面をって空へと飛んでいく。

 段々と小さくなっていくソラの姿を見届けながら、箒に乗ってみる自分を想像してみる。


 自由に移動できるのは、なかなか楽しそうなものですね。支えがないから、ちょっとこわいかもですが。……やっぱり地に足を付けていた方が、安心ですね。


 空を自由に移動できるのは、私には似合わない。必要以上に、背伸びをしすぎているような気がするから。

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