宵待ちの朝

第6話『宵待ちの朝』

 午前6時。目覚まし時計が、私をねむりの世界から脱出だっしゅつさせる。

 騒々そうぞうしい音の発生源を静かにさせると、私はベッドから起き上がって部屋のカーテンを開ける。


 うん、今日もよく晴れています。


 陽光の力で幾分いくぶんか眠気を吹き飛ばしたら、寝間着ねまきから着替える。残った眠気は、動いていればそのうちに、自然とどこかへと消えてゆく。

 階段を下りる前に、リンの部屋をのぞく。そっととびらを開けると、めくられたままの毛布が見える。それが、いつもの日常を物語っている。


 今日もちゃんと見回りに行っているようですね。


 こんな確認を毎日しているのは特に意味はない。リンが元気な時には、決まって部屋にいないからだ。しかし、万一に具合が悪い時のことを考えて……というのは言い訳だろうか。


 リンが仕事をしに行っているのを確認し終えると、階段を下りていつものルーティーンを行う。コーヒーをれる一連の準備をし、お湯がくのを待つ。水が沸騰ふっとうしたら、コーヒーを抽出ちゅうしゅつしてマグに入れる。いつも欠かさず、同じことをする。これをやらないとなんとなく落ち着かない。


 コーヒーを淹れたら、それを楽しみながら朝食を作る。食パンをバターで焼いて、なべに牛乳を入れて温める。

 こういう朝の時間というのは、のんびりしているはずなのに、せわしなく過ぎてゆくのが常だ。そう、今日のように。

 時計を見ると、6時40分前を指している。時間を確認すると、鍋から小さめのマグにホットミルクを入れる。

 ふたつのマグを向かい合わせに置くと、たなにずらりと並んだジャムから、いくつか適当なものを選んでテーブルに運ぶ。これは私の気まぐれでの日替わりだ。それでもラズベリージャムのびんは、毎回必ず棚からテーブルへと運ぶ。


 そろそろ、リンが見回りから戻ってくる頃合いでしょうか。


 こんがりと狐色きつねいろに焼きあがったトーストをテーブルへと運んでいると、小屋の扉が開いてリンが山小屋へ戻ってきた。


「ヤタ様ー、おはよー!」

「リン、おはようございます。庭園に異常はありましたか?」

「そーだねー、今日も変なところはなかったよー」

「そうですか、よかったです」

「でもねー、お山の上の方がだいぶ寒くなってる感じがしたよー」

「ふむ、そろそろその辺りの植物には冬支度をさせなければいけませんね」

しもれちゃったら困るもんねー」

「ええ。しかし今日はそれよりも優先すべきことがありますから、急ぎで対応することが無いのは助かります」

「きょーはなにかあるのー?」


 リンが首をかしげる。


「今日は何日でしたっけ? 今日は月曜日ですよ」


 この世界の暦は1週間が7日でひと月が30日、12か月360日で1年だ。そして、月の満ち欠けの周期は28日、つまり4週間となっている。この世界の月曜日は、月に関係するイベントが多いことから、そう名付けられている。


「にじゅう、なな……きょーは満月?」


 そう、満月の日は必ず月曜日となるのだ。 


「そうです、今日は満月ですよ」

「あー! とーぞくの日だー!」

盗賊とうぞくとは物騒ぶっそうな……。間違ってないですけどね」


 夜月(9番目の月)の15日、その日に一番近い満月の日には、秋の名月に関するイベントがある。

 前回の満月は晴月(8番目の月)の29日だったから、それよりも今日の方、夜月27日の方が夜月15日に近いのだ。

 その日は、その年の収穫を月に感謝するというものだ。

 すすきかざり、団子を供えて、夜に月をあおぐ。


 夕方には“月の子盗賊”というイベントがある。

 作物の実りを平等に分配し、子供の成長を願うイベントとしてこの世界の風習となっている。古来は、果物くだものや作物を軒先のきさきに置いておくのが一般的だったが、現代ではお菓子を置くのが主流となっている。

 毎年、この日には山のふもと東屋あずまやに果物とお菓子を用意するのだ。


「くだものの収穫をするんだねー。秋はおいしいくだもの、多いもんねー!」

無花果いちじく葡萄ぶどうなし柘榴ざくろ林檎りんごかき……ともかく沢山あります」

「うんうん、どれもいい感じに実ってるよー!」

「それは良かったです。本来は季節がばらつきますからね。リンの魔法まほうのお陰ですよ」

「えへへー、うれしいなー!」


 まんざらでもなさげだが、どこか嬉しそうな顔になる。


「どういう順番で収穫していきましょうか――」


 あごに手を当てるが、もっと優先すべきことがあった。


「――いえ、収穫よりも先にしなければならないことがありました」

「なにかあったっけー?」

「トーストと飲み物が冷めないうちに、朝食にしましょう。収穫はそれからですね」

「そーだねー。お腹がすいてたら、何にもできないもんねー?」

「それでは、朝食を頂きましょうか」


 私たちは椅子いすに座って向かい合う。


「いただきまーす!」


 外の様子と同じように穏やかに、今日も1日が始まる。

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