第5話『デザートを採りに』

 アカトンボを見失い、また見つけては追いかけ、時々道脇に目をやって植物を確認する。また追いかけては、確認して、そして見失う。

 アカトンボとの自由な追いかけっこを2回、3回と繰り返す。回数を重ねるごとに追いかける時間が減って、段々と植物を見る時間が増えていく。4匹目のトンボを見失った辺りで、もう追いかけるのはいいかなぁとなる。

 

 ここはどこだろー?


 トンボを追いかけるのもきてきたので、とりあえずその場で1回転してみる。回るのが速すぎたのか、ちょっとだけ目が回る。

 どこにいるのかがわかったかというと、回るのが速すぎてわからなかった。

 今度はさっきよりもゆっくりと回転してみる。さっきよりもしっかりと景色を観察することができた。どんな植物が生えているかや、道の感じで今どこに居るのかがわかる。


 ここからなら、果樹園はそんなに遠くないねー。

 

 回れ右をして、先ほど歩いて来た道を引き返す。分かれ道を来た方と逆に曲がってしばらく歩く。道端の植物を見て、変なところがないかを確認するのも忘れない。

 また、アカトンボが枯草の茎に止まっている。枯草色のところに、あんなに鮮やかな赤色のものがいたら目立って仕方がない。


 また追いかけっこしたい気持ちが戻ってきていたけど、今回はそれを断念する。

 それよりも、大事なことをやらなければならないから。


 通り過ぎてからやっぱり気になって、後ろを振り向く。アカトンボは通り過ぎる前と変わらず、茎に止まったまま休んでいる。

 名残なごりしさもあるが、アカトンボなんかよりもヤタ様の方が100倍は大事なので、しっかりと前を向いて、アカトンボの誘惑ゆうわくを振り切る。


 しばらく道なりに歩いていると、様々な種類の木々が柵さくに囲まれている場所が見えてきた。竹で出来ているであろう柵は、最早もはやツル植物の支柱と化していて、なんの素材でできているのかはひと目で判断できない。それほどまでに、ヤマブドウやサルナシなどの植物が自由に絡からみついている。

 ここが、てーえんの果樹園。


 ツル植物の生垣の切れ目から果樹園の中に入っていく……のではなく、生垣いけがきの外周を回ろうと思ったが、折角せっかくなのでついでに果樹園の中も見回りをしていくとこにした。

 結局、生垣の切れ目をくぐり抜けて果樹園の中に入る。


 果樹園の中は、色んな果樹が植えられている。秋のくだものの他にも、ブルーベリーやラズベリーの灌木かんぼく、モモやミカンなど色々と植えられている。

 色々と植えられているから、上を向くとごちゃごちゃしている。反対に下の方は、同じ間隔で幹が生えているからそれなりに綺麗に見える。


 木々の幹の間をいながら、変なところはないかと見回る。途中、生垣の方に立ち寄って、サルナシの実をいくつかんで食べる。

 キウイフルーツみたいな味がしておいしいし、実も小さいのですぐに食べられる。

 

 しばらく、そうして果樹園の中を走り回って見回りをしたが、特に変なところはなかった。

 果樹園の中を走り回った後、本来の目的のくだものを探す。生垣のかべに沿って歩いていると、ちょっと赤めのむらさき色をした果実がぶら下がっているのが見えてきた。


 これが、今日のあさごはんのデザートになるアケビ。甘くておいしい、秋の味がするくだものだ。

 アケビがなっている場所にけ寄る。

 

 いくつ、おうちに持っていこうかなー?


 ふたりで食べるならこれくらい、と思って採ると採り過ぎて大体食べきれない。それをやり過ぎると、おうちのくだもの用のカゴがいっぱいになってしまう。今はまさにそうなっている。ヤタ様も『ふたりで食べきれる量ならいいですよ』と言っていたから、どれだけ持っていくかはしっかり考えないといけない。だから、ちょっと少なめにしておこう。


 おっきいのをふたつでいいかなー?

 それとも、ひとつだけがいいかなー?


 おっきいアケビの実は、あたしの手の大きさくらいある。あんまり大きそうには見えないのに、近くで見ると結構大きい。


 おんなじくらいの大きさのナシとか、リンゴは2個でいい時もあるし、多い時もあるんだよねー。

 うーん……そーいえば、今日はヤタ様がお外にいたなー。なにかはわからないけど、トレーがちらっと見えたから、コーヒーの他にもなにかを食べてたはずなんだよねー。


 そうなれば、必然的に取れる選択はひとつになる。


 おっきいのをひとつだけ持って行って、はんぶんこにしよー!


 そうと決まってしまえば行動は速い。実が割れていて、その中身がかわいていないおいしそうなやつを選んで収穫する。

 収穫したら、木を避けながら真っすぐに生垣の途切れているところに向かう。


 果樹園を出ると、おうちへと続く道を駆けていく。

 途中、場違いに1本だけ木が生えているところを通る。

 

 この木は、とくべつな木らしい。本当は、果樹園に植えるものだったとヤタ様が言っていた。

 あたしにとっては、この木はとくべつという訳でもない。でも、この木を過ぎたらすぐにおうちが見えてくるから、おうちに行ける目印にしている。


 もーすぐ見回りは終わり、だねー。

 今日は、てーえんに変なところはなかったから、何も言わなくていいねー。


 とはいえ、伝えないといけないこと、届けないといけないものはある。

 ヤタ様に「ただいま」というために、紫色の甘いプレゼントを届けるために。


 帰るべき場所、見回りのお仕事で最後に目指す場所へ。その足は、さっきよりも強く地面をる。


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