秘密のプレゼント

だずん

秘密のプレゼント

 私は夏川なつかわ穂乃花ほのか

 私には白山しろやまりんという彼女がいる。


 付き合い始めてから、まだ1か月ほどしか経ってないラブラブカップルなんです……えへへ。


 毎日楽しくてしょうがないのはいいんだけど、凛の誕生日がもう来週ってとこまで来ちゃってるんだよね。


 誕生日にはプレゼントを贈ろうと思ってて、せっかくだからサプライズで何かプレゼントするのがいいかなーって思ってる。

 でも、何をプレゼントするかが未だに決まってないんだよね……どうしよ!? もうあんまり時間無いのに~!


 どうにかして早いうちに凛の好きなものを知っておきたいんだけどなぁ。

 うーん、凛の好きなもの……好きなもの……私?


 そんな悩みが頭の中をぐるぐる占拠して自分の世界に浸っていると、繋いでいた右手が凛の左手で2回、ちょこちょこと動かされた。まるで「ねえねえ」と言ってるみたい。


「どうかした? そんな難しい顔して」


 ……そういや学校から帰ってる途中なんだった。

 つい夢中になって考えこんじゃってた……。

 いやでも、そんなに顔に出てたんだ。

 もしかして、私って思ったことが顔に出やすいタイプか?


「いやー、別になんにもないって」

「本当かなぁ?」

「ほ、ほんとだって」

「なんか悩んでるんだったら相談してほしいんだけどなぁ」

「ほんとに大丈夫だから!」

「そう? それならいいけど……」


 うーん、これからは顔に出さないようにしないと。あんまり心配かけたくないしなぁ。凛にバレるわけにもいかないし。


 そうこうしているうちに、T字の分かれ道に来た。私は左で、凛は右だから、ここで一旦お別れだ。


「それじゃあまたね」

「じゃーね!」


 そう言って別れた直後。ちょっとでも長く凛のことを身近に感じたくて、さっき頭に焼き付けた凛の綺麗な顔を、目をつむって想起する。


 んーやっぱりきれい……すき……。

 いかんいかん。今日は考えることがあるんだった。こういう感情に浸るのも好きだけど、一人になったことだしちゃんと考えないと。


 凛の好きなもの……例えば食べ物だったら桃。ただ、そういう消えモノを贈るのもなー。やっぱり凛の元にずっと残るものがいいな。別にアクセサリーとかそういうものでもいいんだけど……。


 あれ? 別に凛の元に残ると言っても物理的な物である必要はなくない? 体験とかそういうのでも……あ! いいこと思いついた! えへ、えへへへへ……。



 ☆ ☆



 きたる凛の誕生日。私は凛を家に呼んだ。今日も両親は仕事でいない。

 今は、とりあえずいつもの定位置である私のベッドの真ん中あたりに隣同士で座っている。左に私、右に凛だ。


 やっぱ近くに凛を感じると幸せだなー。凛の存在が近くにあるだけで体が反応しちゃってるのか知らないけど、何故か右腕も痺れちゃうし。痺れるというか炭酸温泉に入った時に感じるちょっとしたピリピリ、あの感覚に近いかも。人体の不思議だ……。


 それはそうと今日は大事な決戦の日だ。アレをプレゼントする日だ。まあでもしっかり準備してきたわけだし、きっと大丈夫。ちょっと緊張するけど、いつも通りいつも通り……。


「今日はおうちデートなんだね」

「そうだよ~」

「何するの?」

「えっと、今日はね……とっておきのモノを用意したんだー」

「え~、なんだろ?」

「今日は凛の誕生日じゃん? だからね、プレゼントを用意したんだ」

「わぁ~、嬉しい!」


 凛は、私がプレゼントをあげると聞いてわくわくしてくれている。

 その笑顔がやっぱりかわいい……すき……。

 いやちょっと待て私。ここまでは普通のプレゼント渡す雰囲気で話しちゃってたけど、よくよく考えてみたら相当恥ずかしいことプレゼントするんだよ!?


 ここにきて緊張でドキドキしてきた……落ち着いて……落ち着いて……。

 あー、心臓バクバクする……。

 うー、やっぱ恥ずかし!

 でも言わないと……。


「そのプレゼントってのは……あ、えと……ひ、引かないでよね!」

「え、あ、うん」


 私は覚悟を決めた。ここまで来て今更引くわけにはいかない。引かれたくはないけど……。

 まあ凛ならきっと私のこと信用してくれてるだろうし、私が何を言っても引くようなことはないと思う。だから大丈夫……のはず。


 私の頭がこれは言ってもいいという結論に至り、口を開く。


「さ、さ、催眠音声です! もちろんCVは私、穂乃花ですっ!」


 恥ずかしかったけどもういい。何かが吹っ切れた。私がCVなんだぞと、開き直って堂々と言ってやったぜ。


 私は凛専属の催眠術師なんだ。凛のことを催眠に落とせるのは私だけ。きっとそうだし、そうじゃなくてもそういうことにしてやる。それだけ私には自信がある、というか無理矢理自信を持つことで開き直れてるだけとも言える。こうまでしないと私の心がもたないし。


 凛には最高の体験をしてもらわないと困る。幸せになってもらわないと困る。凛が幸せになれたら私も幸せになれるから。


 だから、私は凛のためにならどうにでもなれるんだよ。


 もはやこれ、私が催眠的な何かに掛かってるような気がするけど、気にしない気にしない。


 そんな私の決意とは裏腹に、凛が首を傾げる。


「えっと、それって5円玉垂らして振り子みたいにして『あなたは眠くなるー。眠くなるー』みたいにするやつ?」


 あちゃー。この子はそういう所の知識が薄かったかー。まあ知らないなら知らないで、私が教えてあげる!


「あーいやそうじゃなくて、いやそうなんだけどちょっと違うくて。催眠音声ってのは、その名の通り催眠状態になれる音声のことなんだけど……あー、まず催眠状態とはなんぞやってとこから説明しないとか……まあ簡単に言っちゃうと……幸せになれるんだよ! めちゃくちゃ幸せ! ……今も幸せだけど! なんかまた別ベクトルのそういうのというか。そんな感じ?」

「ふむふむ……ということは、私は穂乃花にめちゃくちゃ幸せにさせられちゃうんだ~。それは楽しみだなー。うん、すっごく楽しみ」


 凛はニヤニヤした笑みをちっとも隠すつもりが無いようで、そんな顔をしながら私にそう言ってくれたことに、色々な嬉しさを感じる。


 期待してるからこそ、こういう表情が自然と出てくるんだろうし。

 信頼されてるからこそ、こういう表情を隠さないでいてくれている。


 そんな凛が、私は大好きだ。


 これは期待に応えてあげないとだなー。応えられるように頑張らないと。


「ありがと。いっぱい幸せにしてあげるねー!」

「うん」

「えっと、それで催眠音声についてなんだけど、普通は音声作品としてスマホとかで聞くようなものなんだけども、それよりも実際に私が横でやったほうがいいよなーって思ったからそうします!」

「わかった。じゃあ私はどうしたらいいかな?」

「いつもみたいに、ここに寝てもらったら大丈夫。寒いし、早く一緒に入っちゃおうかー」


 そう言って、私は凛を抱きしめながらベッドに倒れこむ。

 凛の体温が伝わってきて、体の中から何かが強く強く湧き上がってくる。

 これは好きの気持ちの塊だ。私の身体からだすべてが凛を求めて止まない。


 あー、しゅき……。

 んー、この気持ちにずっと浸っていたい……浸ってたいけど、今日は凛の誕生日なんだから凛に幸せになってもらわないと。


 一旦腕を離して、お布団を私たちにちゃんと被せる。


「いつもは枕とか使ってないけど今日は趣旨が違うからねー。凛には枕で寝てもらって、リラックスしてもらうの。あ、ほんとに寝ちゃだめだよ?」

「うん。わかった」


 凛が枕に頭を載せ、仰向けで寝る態勢になる。凛が手を布団の中に入れちゃったけど、その手を取って布団の上に出させる。暑くなってきた時に体温の逃げ場が無くなって不快に感じちゃうからね。リラックスの邪魔になっちゃう。

 私も一緒のお布団に入ってるけど、私は枕をしてない分足りない高さを補うために、凛の隣にちょっと右肘みぎひじを付いて、左耳に声を当てられるような態勢を取る。


 こうして見ると、斜め上から凛を眺められることに気付く。

 なんだか私へのささげ物のように見えてしまうが、それは色々と間違ってる。私は神でもなんでもないし、むしろ、私が凛に捧げることするわけだし……。でも、凛も私に身体を捧げてるのもまた事実。


 え、まじか。ほんとに捧げられてるじゃん私。なんだか、急に恥ずかしくなってきた……。心臓がまたドキドキしてる……。

 でも、心臓のドキドキなんかに私は負けない。


「心の準備はできた?」

「うん、いつでもいいよ」

「わかった。じゃあ、まずはめーつむって」


 凛が目を瞑ったことを確認する。ここからは私が凛を導いてあげる番だ。


「よし、じゃあ次は深呼吸。すってー……はいてー……すってー……はいてー」


 凛は私の指示通り、お腹を膨らませて、へこませて、を繰り返している。


 ……そろそろリラックスしてきたかな?


「どう? リラックスしてきた?」

「さっきまではドキドキしてたけど、ちょっとは落ち着いたかも」

「そっか。よかった。幸せになるためには力を抜いて、何もかも受け入れられるようにする必要があるから、どんどんリラックスしていこー」

「うん」


 でもそう簡単に力は抜けないんだよなー。

 とりあえず布団の上に置いてある左腕を軽くつかんでみる。

 確かに落ち着いてるのか力が抜けてる。

 それじゃあ、これはどうかな?

 腕をつかんだまま凛の左耳に口を近づける。


「すーき」


 ……あ、力入ってる。かわいい!

 でもだめだよ、力入れちゃ。幸せになれないよ。深い幸せには。


「力入っちゃったね。嬉しいけど、これじゃあ深い幸せにはたどり着けないよ。もっと深呼吸して落ち着いていこっか」

「……うん」


 ただ、深呼吸するだけで深く落ち着けるかというと、そういうわけでもない。だって、誰かとケンカしたーとか、嫌なこと言われたとか、そういう不安を持った状態で深呼吸したって、そのときはリラックスできても、その後またすぐそれを思い出しちゃって、リラックス状態が消えてしまう。その後にも続けるためには、もっと安心感が無いと。

 というわけで、今度は凛の頭をでながら深呼吸を促す。


 しばらくしてそろそろ頃合いかなと思い、また腕をつかんだまま身体を寄せる。


「すきだよ」


 今度は力が入らない。代わりに凛の口が開く。


「私もすき……でもなんか変な感じする……身体がむずむずする、というか、おなかのあたりが、ぞわぞわするというか」


 お、きたきた。幸せの火種だ。これを広げていくことで、深い幸せに繋げられるんだよね。


「いいよいいよー。その感覚、覚えててね?」

「うん、大事に覚えとく。穂乃花が私にくれた大事なものだからね」

「え! あ、うん! ありがと~」


 そんなに大事にされちゃったら、嬉しすぎてどうしようもなくなっちゃうじゃんかー。

 もっと幸せにしてあげないと。


 次はふわふわな幸福感に包まれる段階。


「それじゃあ今度はふわふわになっていこうね~」

「ふわふわ?」

「そうだよ、ふわふわ。頭も身体もふわふわになっちゃうの」

「うん。おねがいね」

「うん」


 ……実はこの段階が一番難しい。一度ふわふわになっちゃえばベルトコンベア式にそのまま幸せの深みに入れるんだけども。

 とにかく凛が言われて嬉しくなれるような、普段なら恥ずかしくて心の中に留めるようなことだって全部言っちゃおう。

 そんな心持ちでいればうまくいく気がする。


 私は凛の頭を右手で撫でながら導く。


「かわいいよ、凛」


 右手から身体が動いたことが伝わってくる。


「あ、身体ビクっとしちゃったね。かわいい……。力入っちゃったねー。でも大丈夫。私が凛のこと、もっとゆるやかな波の中に連れてってあげるから」

「うん」

「想像してみて。波の上でぷかぷか浮かんでる。穏やかな波の上でぷかぷか。暖かい波の上。隣には私も一緒に浮かんでるの。……一緒に深く潜ってみようか。大丈夫。波の中に潜っても息できるからね。暖かい世界に一緒に入ろうね」

「……うん」


 今度は凛の身体の上から左腕を回す。腕が凛の胸の下あたりに当たって、私の左手が凛の右脇腹のあたりに届く。凛と一緒になれた感じがして、なんだか安心する。


「それじゃあカウントダウンに合わせて一緒に潜ってみよっか。……じゃあいくよー。さん……にー……いち……ざぶーん」


 小さくざぶーんと言いながら、私は左腕を軽く凛に押し付ける。ほんとに私も一緒に潜ってるみたい。なんだかこっちまで幸せの世界に入ってきちゃったかも。


「波の中に入ってきたね。ゆらゆらーとして、暖かくて、心地いい世界だね」

「うん」


 うんとは言ってるけど、ほとんど「ん」と言ってて、この世界にちゃんと入ってるんだなー、とわかってなんだかすごく嬉しい。


「しばらくこのまま漂っていようか。ゆらゆらに包まれて幸せだねー。私たちふたりだけの暖かい世界。お互い大好きなふたりで、ふたりきり。誰にも邪魔されない世界。一緒に幸せの深い波の中に入ろうね」

「ん。だい、すき……」

「私もだいすきだよ」


 私は凛の左耳にキスをする。

 またビクってなるかと思ったけどそんなことはなくて、全部幸せに変えてるみたい。その証拠に凛の口が軽く開いててとろけた顔になってる。

 すっごく幸せそう。でも私もすっごく幸せだしお互い様だなー。

 ただ、私も本能に引きずり込まれて、こんなことを考えるのすら、もうどうでもよくなってくる。早く波の中に戻ろう。


「もう身体ぜーんぶ、ふわふわーってなっちゃったかな?」

「ん」

「よし、それじゃあ次は幸せの果てに一緒に行こっか」

「果て?」

「そうだよ、果て。最後にはそこに辿り着くんだよ」

「果てって……果てだよね。ちょっと怖いかも……」

「大丈夫。なーんにも痛くないし、ただただ幸せになるだけだから。怖がらなくて大丈夫だよ。それに何があっても私がそばにいるから。ちょっとずつ慣れてこ」

「うん、わかった」


 ちょっと喋っちゃったな。あんまり普通に喋っちゃうと凛が催眠から抜け出しちゃうから、もう一度、一緒に波の中に。


「波の中の、暖かい世界でゆらゆらー。波の中でゆられて私と一緒。ふたりきりだよ。ふたりで、この世界で、幸せなふたり。何もかも忘れて、覚えているのはお互いのことだけ。今でもすっごく幸せだけど、もっともっと奥があるんだよ。大丈夫。私と一緒にもっと奥深くに潜っていこ」

「ん」

「奥深くはここよりもっと暖かい場所なんだよ。暑くはなくて、ただただもっと暖かい場所。そこに行けば、今のふわふわの幸せがもっと大きくなって、果てが近づいてくるんだよ。そんな世界に私と一緒に潜るの……。それじゃあいくよ。さん……にー……いち……」


 そう言って私はまた左腕を重力に従って軽く動かす。奥深くに潜っていくために。

 凛はもうかなり深く潜っていったみたいで、さっきからずっと恍惚な表情を浮かべて、空気が足りないと言わんばかりに強く「すー、はー」と息をしている。


「ここが奥深くの世界だよ。幸せも深くなって、果てもすぐ近くになっちゃったね」


 もうそろそろ頃合いだね。なんだか私も一緒に果てちゃいそう。私の息も深くなってる。


「一緒に幸せの果てに辿り着こうね……。私がじゅー数えて、それがゼロになったらそこに辿り着くからね。それじゃあいくよー。じゅー……きゅー……おなかのあたりに幸せがたまっていくよー。はち……なな……それが、どんどん、大きくなっていくね。ろく……」


 カウントダウンを進めるたびに私も深くなって、凛も幸せ過ぎるのか涙がこぼれてきた。


「ごー……あと、半分だよ。もーすぐ、だね。私も一緒に、深く、幸せになってるんだよ。よーん……いっしょに、いっしょに果てようね。さーん……もうすぐそこ。しあわせが、いっぱいたまって、はれつ、しちゃいそう、だね。にーい……あーほら、もうきちゃう、りんも、いっしょに……いーち……いっしょに、いっしょに、はてよ? ……ぜーろ」


 ……っ……ん。りんも、ぜんしんびくびくしてる。だしてるこえもかわいい。びくびくかわいい。かわいいかわいいかわいい。わたしのかわいいりんが、こんなことになっちゃって。こんなことにしちゃって。こんなふうにまでなってくれて。しあわせ……


「しあわせのはてに、いっしょに、いけたね」

「ん……もっ、と。もっと、ほしい。ほのかぁ。ほのかぁ」

「うん、もっと。もっとしよーね」


 もっとしちゃたら、もう理性なんて完全にとんじゃうなぁ。というかこんなの邪魔以外の何物でもないや。

 ばいばい、私の理性。


 私は凛と一緒に、深い深い底に落ちていった――

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