第2話 七瀬ちゃん

「も~、遅いよゆず君! 私の事待たせすぎ! ホントだったらマイナス50七瀬ちゃんポイントなんだからね! ぷんぷんなんだからね!」

 教室の奥の方で、ちょこんと椅子に腰かけた七瀬ちゃんが黒い長い髪を揺らしながら、ぷーぷー可愛くそう文句を言う。


「ごめんね、七瀬ちゃん。ちょっと色々あって遅くなっちゃった、許してにゃん、七瀬ちゃん! また色々、お手伝いするから!」


「む~……いいよ! 許してあげるにゃん、七瀬ちゃんポイントマイナスもなし! 良かったね、ゆず君! 七瀬ちゃんは寛大だからね、お手伝いとか無しでお弁当一緒に食べてくれたらもっと許すにゃん! にゃんにゃん!」

 さっきまでのぷーぷー顔から一転、ニコッと笑みを浮かべた七瀬ちゃんが、猫のポーズをしながらにゃんにゃん可愛く胸を張る。


 七瀬ちゃん―名字はちょっと忘れちゃったけど、七瀬ちゃんが5年生の時にこっちの小学校に転校きてからずっと仲良くしてる女の子。

 七瀬ちゃんポイントとか言う、貯めたら貯めただけいい事してくれるポイントを俺にくれる、小柄でくりくり大きな目とえくぼがチャームポイントの女の子。


「にゃん、ありがと七瀬ちゃん。ポイント失効しなくて助かったにゃん! それじゃ、手を合わせてください」


「ゆず君は特別にゃん! 特別扱いするよ、ゆず君には……はい、合わせました! せーの」


『いただきます!』

 そんな七瀬ちゃんとは高校生になった今でも結構な頻度でお弁当を一緒に食べたり、七瀬ちゃんポイント貰ったり、休日に七瀬ちゃんの妹と一緒に遊んだりする仲で。

 

 俺の両親が仕事で別のところに住んでいて、今は生活力皆無のアル中姉ちゃん(26)と二人暮らしをしていることもあって、たまにご飯をご馳走に七瀬ちゃん家に姉弟でお邪魔したり、妹ちゃんと遊んだり。

 そんな感じで、割と家族ぐるみの付き合いも多くて、七瀬ちゃんとの関係は結構深かったりする。幼馴染、って感じでもないけど、それくらいの深い関係。


「あ、ゆず君の卵焼きだ! いただき!」


「あー、とらないでよ七瀬ちゃん! 別にいいけど、七瀬ちゃんなら」


「にっしっし、私はゆず君の卵焼き大好きだからね……うん、やっぱり今日も美味しい! ベリーグッド、また腕をあげたねゆず君! これは10七瀬ちゃんポイントプレゼントだよ!」


「お、ありがと、七瀬ちゃん! それじゃあ俺は、この七瀬ちゃん印のから揚げさんでも貰いましょうかね!」


「お、気づいてくれた? 実は今日のお弁当、七瀬ちゃんが作ったんだよ! 食べてみそ食べてみそ……あ、待って食べさせてあげる! 年上の私が、ゆず君に自慢のから揚げ、食べさせてあげるね! ほら、あ~ん……美味しい?」


「あ~ん……うん、美味しい! 流石七瀬ちゃん、この前の肉じゃがとは天と地の差があるくらい美味しい!」


「にしし、ありがと……って肉じゃがの話はダメ、あれはなし! 七瀬ちゃん特典も違うのを作ってあげたんだから! だから忘れて、先輩の七瀬ちゃん命令です!」


「うんうん、わかってる。わかってるよ、七瀬ちゃん……ふふふっ」

 そんな感じでずっと仲良しで小柄で無邪気で年下感のある七瀬ちゃんだけど、朱里が七パイって言ってるように、学年的に言えば一つ年上、俺たちの先輩2年生。

 まぁ、誕生日的に言えば3月30日生まれと6月生まれなのでほとんど年齢が変わんないんだけど。なんなら朱里に至っては4月3日生まれだからほとんど同じなんだけど。


 そんな先輩感はないけど一応先輩の七瀬ちゃんは、俺の反応にぴょんぴょん身体を大きく揺らしながら、

「も~、ホントにわかってるゆず君? あの後、美味しいパエリア作ってあげたんだからあの肉じゃがは絶対忘れて! あれは本当に失敗したんだから……って聞いてる? ゆず君私の話聞いてる?」


「え? あ、うん、聞いてるよ! もちろん、聞いてますよ七瀬ちゃん!」

 ……ちなみに朱里が七パイ、って呼んでるのは七瀬ちゃんが先輩って以外にももう一つ理由がありまして。


「ん~、ゆず君? なんかやましい事でもあるの、目線も変だし……もしかして七瀬ちゃんで変な事考えてるの?」


「いやいやそんな事考えてないよ! 考えてません、七瀬ちゃんでは!」

 朱里が七パイって呼ぶ理由―それはその小柄な体格に似合わないくらいたわわに実った双丘が原因でして。


 中2くらいの時から身長は全然伸びてないのに順調に胸だけは成長していって、今では動くたびに圧倒的な存在感を放ちながらぽよぽよ柔らかそうに揺れる最強の……っとっとっと。

 あんまり七瀬ちゃんに対してこう言う事考えるのは良くないな、反省反省!


「別に私はゆず君だったら考えてても良いというか、そんなすぐに否定されるとちょっと嫌だって言うか……てててダメダメ! 七瀬ちゃんダメ、ゆず君には……あ、そ、そうだゆず君! 今ゆず君が七瀬ちゃんポイント持ってるか気にならない?」


「な、七瀬ちゃんポイント? た、確かに気になるかも、夏休みは加算多かったし、この前もあぶれの分だし。前回が何ポイントだっけ、あの肉じゃがのやつ」

 夏休みは七瀬ちゃんとうちの姉妹兄妹でプール行って、その時めっちゃポイント溜まったっけか。


 顔とスタイルだけは良い姉ちゃんがナンパされて嬉しそうに着いていったけど30分で返却されたやつとか、ウォータースライダーで背中に引っ付いた七瀬ちゃんにドキドキしすぎて全然集中できなかった……ってまた変な話になりそう、この話終わり!


 ほら、七瀬ちゃんもちょっと怒ってるし!

 可愛くほっぺぷくー、って怒ってる……いや、可愛いだけか、これ?

「肉じゃがじゃなくてパエリア! パエリアだからね! それでね、前回がね……えっと、前回が98500七瀬ちゃんポイントだね! で、今は98950七瀬ちゃんポイント! それに今日のを入れて98960七瀬ちゃんポイントだね! もうちょっとでご褒美の時間だよ!」


「おー、もう本当にかなり溜まってる! あと40ポイントじゃん、次のやつまで! 次は何してくれるの、七瀬ちゃん?」

 ただ可愛いだけだったわ、別に怒ってなかった。

 そして今回は何をしてくれるんだろうか……前回はにくじゃ、じゃなくてパエリアで、その前は遊園地、その前は水族館、その前は姉ちゃん含む1日お料理券……順番的にはもう一回食べ物系? 七瀬ちゃんのお料理美味しいから楽しみ!


「えへへ、ゆず君が美味しいって言ってくれるのは嬉しいな。私も、ゆず君の作るお料理……って違う! ご褒美はナイショだよ、教えたら面白くないし! それでなんだけど、ゆず君! 一気に七瀬ちゃんポイントが貯まるお仕事があるんですけど、やりませんか? 七瀬ちゃんのために、一肌脱いでくれませぬか?」


「ん、お願い? 俺に出来ることだったら、何でもするよ。七瀬ちゃんのためなら、何でもできるよ、俺」


「え、何でも……そ、それなら、えっと、私と……ててて、ダメー! そのね、ゆず君! お願いって言うのは、これなんだ! これをちょっと、お願いしたいんだ!」


「おっと、危ない……ナニコレ?」

 あわあわ慌てたように首をブルブルと振った七瀬ちゃんが、ポケットからスマホを取り出して、画面をグイっと押し付けるように見せてくる。


 そこに表示されていたのは何というか、あの……ゆるいオオサンショウウオ? ウーパールーパー? ちょっと分かんないけど、そんな感じの顔の、でっかい抱き枕みたいなぬいぐるみ。

 確かに、まあ……う~ん、可愛いのかなぁ?


「あ、ゆず君もそう思う? 私もあんまり可愛いとは思わないんだけど、祐希がこれの大ファンでね。ほら、ランドセルについてるでしょ、このキーホルダー」


「ああ、言われてみれば。祐希ちゃん、確かにこれつけてるね」

 祐希ちゃんは七瀬ちゃんの妹で、現在小学2年生。

 七瀬ちゃんによく似た顔立ちの、まだまだ甘え盛りな七瀬ちゃんの可愛い妹ちゃん……てことは、祐希ちゃんが欲しがってるから、買ってきてほしいって事?


「うん、察しが良いね、ゆず君! このぬいぐるみが土曜日、つまり明日だね! 明日に発売されるわけですよ、それをゆず君に買ってきてほしいのです!」


「なるほど、そう言う事ね。そんな人気商品なの、これ?」


「いや、違うんだけどさ。祐希がね、今週の土曜日がプールのテストで、日曜日がピアノの発表会なの! それのプレゼントとして、渡したいな~、って……だからゆず君、お願い! 私は祐希の発表会とか見に行きたいし、買いに行く時間がないから! だからお願いします、ゆず君!」

 そう言った七瀬ちゃんが、懇願の上目遣いで俺を見つめる。

 少し心配しているような、そんな目つきで。


 ……ふふっ、そんな心配そうな可愛い顔しなくても大丈夫だよ、七瀬ちゃん。

 俺だって、祐希ちゃんの喜ぶ顔見たいし!

「OK,わかった! 勝ってくるよ、そのぬいぐるみ。いつものデパートに売ってるかな、これ?」


「良かった~、ありがとゆず君! 売ってるよ、あそこなら絶対! あ、お金渡すね!」


「良いよ、大丈夫。プレゼントなんだし、お金は良いよ、俺が全部払う。七瀬ちゃんはお姉ちゃんとして、全力で祐希ちゃんの事応援してあげて! それが一番のプレゼントになると思うし! 俺からも、祐希ちゃん頑張れって応援するね!」


「ゆず君……そんなの優しすぎるし、私もう……うゆゆ! わかった、ありがとね、ゆず君! 全力で応援してくるね、祐希の事! ゆず君の応援も、祐希に届けるよ!」

 少し興奮した様にほっぺ赤らめながら、そうギュッと全力で応援ポーズをとる七瀬ちゃん。

 そうだよ、七瀬ちゃんは応援に集中して、祐希ちゃんの事励ましてあげて! 裏方のお仕事は俺がやりますから!


「うん、応援する! いつもありがとね、ゆず君……えへへ、なんかこう言う役割分担って、ちょっとふう……こほんこほん! そうだ、このお願い50七瀬ちゃんポイントなんだけど、その付与は月曜日にするね! ぬいぐるみも、月曜に私の家に直接届けてくれればいいから……その時に、ご褒美もあげるし」


「お、ありがと七瀬ちゃん! ご褒美、楽しみにしとくね……七瀬ちゃんのご褒美、いつも楽しくて嬉しいから」


「うん、楽しみにしといて!」

 そう言ってにっこり笑う七瀬ちゃんに、なんだか気持ちがポカポカするのを感じて。

 そんな楽しい気持ちのまま、俺は止まっていた箸を動かした……うん、今日の卵焼きマジで美味しい、よくできてる!



「ふふふっ、ゆず君……ふふふっ」




 ~~~


「あ、ゆずお帰り! 今日も七パイと一緒、楽しかった?」

 教室に帰ると、机で漫画を読んでいた朱里が、そう手を振ってくれる。

 まあ、楽しかったかな。七瀬ちゃんポイントもたまったし、美味しいから揚げも貰ったし。


 そう言うと、朱里は少しむっとした表情で、

「そっか……いいなぁ、ゆずは七パイと仲良しで! 羨ましいなぁ、ゆずが!」


「朱里だって仲いいじゃん、七瀬ちゃんと」


「そうだけど、ゆずほどじゃないもん。ボクだってゆずみたいに七パイと仲良くなりたいもん! 七パイと仲良くなって、それで……えへへ」


「……?」

 なんかいつもとは少し様子が違う朱里にちょっと違和感を感じて、俺は少し教室を見回す。


「あ、委員長、その……明日さ、もし良ければ……ほら、体育祭も近いし……」


「いえ、大丈夫です。私、そう言うのは興味ないんで。お誘いは感謝ですが、遠慮しておきます。ごめんなさい、興味ありません」


「あ、そうだよね、ごめんね……ほ、ほら、委員長は来ないって言ったのに……」

 ちょろっと目をやった机の方から聞こえるそんなやりとり。


 相変わらず委員長は、委員長だなって感じ。

 同じ女の子からの誘いも、あんなふうに律儀に硬派に断って……あ、そうだ。


「なあ、朱里……朱里?」


「それでそれで、七パイと……え、何? どうかした、ゆず?」


「……大丈夫、朱里?」

 なんかちょっと変な気がするな、さっきからの朱里。

 ぶつぶつ色々言って、可愛いけど不気味な笑み……大丈夫?


「いやいや、大丈夫だよ、ゆず! それで何、言いたい事あるの?」


「あ、うん……まあ、朱里にも色々あるか……言いたい事、って事でもないんだけど、朱里ってさ、委員長の本名ってわかる?」


「え、委員長? そりゃ、クラスメイトですから、ボクだって……あ、あれ? あれれ?」

 俺の言葉に自信満々に言ったん胸を張った朱里だけど、すぐに頭を抱えて?マーク。


「あ、やっぱ知らない?」


「う~、う~……うん、わかんない。聞いたことないよね、そういや……あれ、もしかしてゆず知ってるの? ゆずは委員長の名前、知ってるの?」


「うん、知ってる……知ってるけど、教えたくないな。何となくだけど、今教えたくなくなった」

 なんか変な特別感というか、みんな知らないものを知ってる優越感というか。

 そう言うの、急に感じちゃった。委員長の綾瀬美鈴って名前、教えるの嫌になっちゃった。なんか可愛い名前だし。


「え~、なんで? 教えてよ、ゆず!」


「だ~め。ていうか普通に名簿見ればいいじゃん、そこで分かるんだから。俺に頼らず、自分で考えなさい!」


「めんどくさいじゃん、それじゃ! 教えて教えて……ね、教えてよ、ゆず?」


「ふふっ、そんな可愛い顔してもダメでーす!」


「む~、ゆずのけち!」

 そう言ってむくれる朱里だけど、多分今後俺も朱里が委員長の事、綾瀬とか美鈴とか、名前で呼ぶことないだろうし。

 だから教えないでいいと思う、俺だけが何となくで覚えておけばそれでいいと思う!




 ―なんて、この時は思ってたんだけどな。


「それ、本気? 手塚君、本気?」


「……え? え?」

 ―まさか、あんなことになるなんて思わなかったな……いや、今でも信じられないな。


「さっき言ったこと、どこまで本気……私、本気にしちゃうよ?」

 ―ナンパされてるキレイなお姉さんが、実は委員長だったなんて誰がわかるんだよ!



 ★★★

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