ギャルに拉致られる俺

 春風さんと二人乗りタンデムか。

 ピンクナンバーとはいえ、こんな原付っぽいので大丈夫なのだろうか。


「ガチ?」

「ガチ。早く後ろに」


 あの視線は乗らなきゃ脳味噌チューチューすんぞと語り掛けてくるようだった。俺に拒否権はない、ということかね。


 だが、助けてもらったお礼もしたい。

 それに女子の運転するバイクに乗せてもらうという、貴重な経験も出来るわけでして。

 俺は総合的に選択肢を弾き出し……悩みに悩みまくり、結果、春風さんのお言葉に甘えることにした。



「じゃあ、よろしく」

「さすが生徒会長。分かってるね」

「これでもノリは軽い方なんだ」



 バイクを跨ぎ、後部座席に座る俺。

 座席が心もとないなぁ。

 ジェットコースターみたいに、なかなか怖いぞ、これ。



「出発するから、ちゃんと掴まって」

「ちゃんと?」

「ぐっと掴まって」

「ぐっと? 具体的に頼む」

「密着して。しないと振り落とされるよ」

「み、密着ぅ!?」


 抱きつくってことだよな。しかも、女の子に。そんな超絶いやらしい行為、俺にはできませんっ! というか、女の子に触れたことすらないので――無理だ。


「早くして」


 ギロッと睨まれ、俺は……観念することにした。

 春風さんのあの目つきには負ける。


 渋々ながら俺は背後から抱きつく形になった。


「せめて手は肩に」

「ダメ。わたしの腰に腕を回して」


 そっちをご所望か。

 要求レベルがいちいち高いなぁ……。


 彼女なんていたことないし、これは参った――ぞぉ!?


 悩む間もなく、春風さんが俺の手を握って強制的に回させた。



「……ちょ」

「これでいい。しっかり掴まって」



 エンジンをスタートさせ、いよいよ加速していく……って、物凄いスピード!!!


 バイクはあっと言う間に50km/hに達していた。めちゃくちゃ早い。バイクってこんな速度の出る乗り物だったんだ。知らなかった。


 怖いけど、割と安定感があるし……振り落とされるような心配はなかった。


 もしかしたら、密着しているせいもあるかもだが、春風さんを感じている暇とか余裕なんてなかった。


 それよりも恐怖心が勝っていた。


 どんどん上がっていくスピード。

 唸るエンジン。



「うわ、うわぁぁぁ!! 法定速度、守ってよ!?」

「大丈夫。ここはスピード出して良い場所だから」



 気づけばもう海まで来ていた。


 ……早。


 普通に歩いたら三十分は掛かるのに、バイクだと十分も掛からないのか。


 ついに『片瀬東浜海水浴場』へ到着した。

 時期のせいか、人は疎ら。


 春風さんは、バイクを無料の駐輪場に止めた。


 到着か。

 ……はぁ、ビックリした。

 手汗がヤバイや。



 バイクから降りても尚、俺はぷるぷる震えていた。いろんな意味で緊張した。



「春風さん、バイクって気持ちいんだな。知らなかったよ」

「分かってるじゃん、生徒会長。このまま海へ行くよ」


 手を引っ張られ、俺はまたどこかへ連れて行かれる。


 やがて、江の島が見えてきた。


 夕焼け空と同色になる広大な海。

 気持ち良いほどの潮風。


 最高の景色だ。



「春風さん、どうして俺を連れ出してくれたんだい」

「……タンデムする相手が欲しかったの。わたし、こんなんだから……友達もいなくてさ」


 マジかよ。

 そういうことだったのか。俺は二人乗りの実験台にされたわけか。でもいい、そんな理由でも俺は嬉しかった。


 この景色を春風さんと一緒に見られて。


 今日という日は今日しか来ない。

 大切にしなければ。

 現在いまという時間を。

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