第19話
「これなら防ぐことはできないはずだ!」
サイクスが生み出した炎の竜巻は風でいなすことは難しいほどに強大で、高さは五メートルを超えていた。
「うんうん、やっぱり魔法はこういうのじゃないとね」
強い魔法を見せてもらえたため、カイルは満足そうに頷いている。
(にしてもどうしたものか──サイクスが応えてくれたんだし僕も強力な魔法を見せたいな……炎を相手にするなら氷の魔法で凍らせるか、水の魔法で打ち消すのが一番楽なんだけど……)
しかし、カイルは入学前に極力風以外の属性を使わないようにとミルナに言われている。こうして考えている時間はわずか一秒にも満たない。
(そうだ!)
突如いい方法が思いついたカイルは杖を構えてまっすぐ炎の竜巻を見る。
「”竜巻”」
そうして口にしたのは、普通の竜巻を作り出す魔法である。
「そんなものよりこちらのほうが強い!」
サイクスはこの魔法に自信を持っており、ただの竜巻ごときに負けるはずがないと思っていた。
カイルの竜巻と、サイクスの炎の竜巻がそのまま正面から衝突していく。
「こ、これは……」
障壁によって風そのものを感じることはないが、強い魔法が持つ波動のようなものを感じてその場にいる全員が息をのんでいた。
次の瞬間、魔法と魔法が衝突することによって強力な爆風が生み出され、舞台を構成する石が竜巻を中心にめくれ上がって、舞台上は砂煙によって飲み込まれて外部からは遮断されてしまった。
「おっ、これで周りから見えなくなったね」
この状況はカイルの予定どおりで、台風の目のように静かな中心点で一人、笑顔になっている。
「ぐっ……!」
それに対して、自分の魔法を相殺しきられてしまったことがあまりにも予想外過ぎてサイクスは驚いてうろたえていた。
「風域」
ポツリとカイルは呟く。これは指定した場所に風をとどまらせておく魔法である。
外から見ている者たちにはわからないが、カイルの魔法によって爆風が彼ら二人の周囲に滞留している。
「……なにをしたんだ?」
中にいるサイクスは、あきらかにおかしい状況であることに気づき、カイルに問いかけた。
「訳アリでね、外からちょっと見られないようにしたんだよ。さて、君の魔剣と魔法の強さは良く分かったよ。だから、僕もちょっとそれに応えようと思ってね」
「一体、なにを言って……?」
穏やかな口調だが、底知れぬ笑顔を浮かべるカイルの目的が見えないサイクスは怪訝な表情になる。
魔法で応えるのであれば、普通に強力な魔法を使えばいいだけである。
にもかかわらず、カイルはあえてこの外から見えない状況をつくりだしたと言う。
「魔剣による強い魔法を見せてもらったから、僕も同じ系統の魔法を見せようかなってね」
機嫌よくそう口にしたカイルの右手には炎が宿っている。
「なっ!? お前、風だけでなく火属性の魔法まで使えるというのか?」
先ほどまで使っていたのは風魔法。炎をだせるということはつまりカイルは二属性の使い手──ダブルということになる。
最低クラスにいるカイルがダブルだとは想定していなかったサイクスは驚きに固まっている。
「ふふっ、さあ君の全力をもっと見せてよ。僕も力を見せるから」
(まだまだ強い魔法が使えるよね?)
カイルは、上位クラスにいるサイクスの力にはまだまだ先があると踏んでいるため、あえてこのように挑発的な言葉を投げかけた。
「──よく言った。そこまで言うならば覚悟しろ。我がオールデライト侯爵家の名に懸けてお前を倒してやる! 魔剣に宿る精霊よ、我が魔力を吸収せよ!」
杖を見てがっかりしていた分、ダブルと知って高揚し、挑発に乗ったサイクスは魔剣で一度カイルを指し示したあと、自分が持つ魔力を限界まで魔剣へと流し込んでいく。
「うおおおおお!」
(負けられない、侯爵家の跡取りがこんな場所で負けるわけにはいかないんだ!)
サイクスの雄たけびとともに魔力が一気に流れ込み、魔剣が強い光を放って呼応するように強い炎を纏っていく。
「フレアセイバー!」
彼の魔力をつぎ込んだ魔剣は炎の大剣そのもので、サイクスの体を優に超えるサイズになっていた。
これは魔剣本来の力を引き出したからこそ使えることができる、サイクス最大の魔法だった。
「くらええええええ!」
巨大な赤い剣が振り下ろされる。
「さすがだね……じゃあ、僕も力を見せるよ──蒼炎!」
初めて見た技に興奮交じりのカイルは赤き炎のサイクスに対して、蒼い炎を作る。
静かに燃える青い炎はやがて大きな狼の形をとった。
「な、なんだその炎は!」
火属性の魔法を使うものは彼の家系に多くいるが、カイルが生み出したような青い炎は見たことがなかったため、サイクスの表情は驚愕に染まる。
「これが僕の使う炎だよ。さあ、喰らいつくせ“蒼炎の狼”!」
カイルによって生み出された炎の狼は、大きく口を開けて咆哮するように威嚇すると、そのまま力強い足取りでサイクスの魔法へと向かって行き、大きな口を開けると相手の炎をバリバリと食べていく。
「お、俺の魔法が……」
魔法で作り出された剣が狼によって食べられていくのを、サイクスはただ茫然と見守るしかない。
全てが食べつくされたところで彼の剣から発せられている炎が消える。
それを確認したところで、カイルは風魔法で爆風を晴らして、みんなから見えるようにする。
「さあ、次はなにを見せてくれるのかな?」
カイルは次にサイクスがなにを見せてくれるのか楽しみにしている。
この見えない間になにが起こったのか? 生徒や先生たちが食い入るようにしていみているが、二人はその視線に気づくことはない。
(まだ、やろうというのか……)
煽っているのではなく、ただ純粋に戦いを楽しんでいるカイルを見て、魔法の才能の差をまざまざと突き付けられてしまったような気持ちになったサイクスは茫然としてしまう。
ようやく開けた嵐の中では、カイルもサイクスも魔法を使っていない状態、一体どんな状況なのかと、全員が息をのんでいる。
次の瞬間、ピシッという音とともに魔剣にヒビが入り、心が折れたサイクスが膝をつく。
「俺の……負けだ」
誇っていた魔剣が壊れ、自身の最大の魔法を含めたどの魔法も通用しなかったことで、サイクスはカイルに勝てないと思い知らされていた。
決して大きくない声だったが、沈黙が支配していたこの場にいるみんなの耳に届いていた。
「「「「……………………」」」」
一瞬の沈黙が広がる。
「しょ、勝者、カイル君!」
いち早く我を取り戻したグレイシアが勝ち名乗りをあげる。
それと同時に、わあっという歓声が広がった。
Fクラスの生徒はもちろん、野次馬の生徒たちも興奮している。
唯一Aクラスの生徒だけが信じられないものを見るように茫然としながら立っていた。
勝ち名乗りを聞いたタークは苛立ちから舌打ち交じりにカイルを睨みつけており、デリアはホッとして座り込んでおり、ケイティは両手を組んでカイルが勝ったことを心から喜んで涙していた。
眼鏡を正しながらカイルを見つめるレイゴットは面白い生徒が入ったと悪そうな笑みを浮かべており、やれやれと肩をすくめたフレイアは魔剣を壊したのはやりすぎだと苦笑している。
「お疲れ様」
みんなが騒いでいる中、膝をついているサイクスのもとへと近づいたカイルが、優しく笑いかけながら彼へと手を差し伸べる。
「あ、あぁ……」
戸惑いながらもサイクスは手をとる。
ここまでの人生、同世代でサイクスを打ちのめしたのはカイルだけだった。
「ようこそ、Fクラスへ。ここにいる間は家のこととかは忘れて、一緒に強くなろうよ」
笑顔のカイルから出た言葉。
「──聞きたくない言葉だったが、お前のようなすごいやつとともに学べるのなら、嬉しい誘いなのかもな」
本来ならばサイクスにとって地獄のような宣告であるが、一度吹っ切れてしまえば、あれだけの強さを示したカイルと同じクラスということに悪い気はしていなかった。
―――――――――――――――――――――――
【あとがき】
『世界に一人、全属性魔法の使い手』
コミックス第7巻8月19日(火)発売!
※注意
こちらの内容は小説限定部分も含まれております。
【異世界ヤンジャン連載】世界に一人、全属性魔法の使い手 かたなかじ @katanakaji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。【異世界ヤンジャン連載】世界に一人、全属性魔法の使い手の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます