暁の双子

Cosmic Dark Age 0.4



 高円寺こうえんじしょうはもう限界。だから、新しい柱が必要だ。そう聞かされた時、らんは特に何の感想も抱かなかった。柱。それは、神の単位か。それとも人柱のことか。いずれにせよ、らんにとってはどうでもいいことだった。

「ほんと人は分かりやすいよね。力があるって分かった途端に、みんなボクにぞっこん。これまで興味も無かったくせに、途端に手のひらをくるりだ」

 君もそうなんだろう高円寺こうえんじすみれ、と黒曜石の双眸がフードのなかから来訪者に向けられる。半分光を失った月影を背にして、らんの頬は十二月の風と同じ冷たさをしていた。寄宿舎に戻った時に、らんの姿は部屋になく、探し回ってはついに見つけたのが屋上だった。

「寒いよ? 戻ろ?」

「この期に及んで姉のつもり? 心配しなくても、ボクは全然寒く無いよ」

 らんが纏うぶかぶかな黒い架空飾パーカーは、確かに寒さを感じさせなかった。部屋に戻る気はない様子。予報では摂氏零度を下回ると言っていた。けれど、凍てつくような寒空に晒されても、いまのらんならば一晩過ごせてしまうのだろう。たとえ下に何も着ていなかったとしても、彼女が纏う架空飾パーカーはいまや全てを拒むことが出来る。屋上のタイルに映し出された彼女の影は、異形そのものだった。

 朝が来ればらんはいなくなる。強すぎる遠心力を持つ彼女は、もはや危険物に等しい。日の出とともに、朝霞あさか駐屯地へ移送されることになっていた。だから一緒に過ごせるのは今日で最後。日の出までは、六時間を切っている。そんな最後の時間を、共に過ごす気はないとらんは態度で示していた。

「〈ダスクDusk〉の役目を継ぐの?」

「まさか。サボるよ」

「サボる……って……」

 つまり、隕石落しをするってこと、とは訊けなかった。訊くまでもない。当然だ。それ以外に何がある。そして、おそらく言い訳はなんとでもなる。V遠心じゃないから、うまく制御できない、とか。けれど同時に、H遠心を持つらんなら、高度の調整はともかく、落下場所の座標は的確に調整できる。そしていまの彼女なら、出来るだけ多くの人間が死ぬ場所に落としかねない。

「お別れのついでに、もう一個だけ教えておいてあげるよ。むかしからボクは高円寺こうえんじすみれが嫌いだった。目障りだったんだ。真面目にやれとか、ちゃんとしろとか。真面目な君は、ボクのことをいさめようとする。鬱陶しいんだよ」

 おかしいよね。目立つことをしてるのはボクの方のはずなのに、みんな真面目なすみれの方ばかりを話題にする。本気を出して、みんなの注目を集めたと思った時でさえ、日和宮ひよりのみやが真っ先に心配したのは、当のらんではなくすみれの方だった。星の一つでも捕まえて落としてやろうかとも思った。けれど当然、遠心能力者にそんな力はない。落ちてこようとする隕石を軌道上に留めることは出来ても、本来的に遠心能力は物体を遠ざける。引き寄せることも、抱き寄せることもできない。遠心能力が強くたって、何も出来やしない。出来ないことが増えるだけだ。――ほら、いまだって。






 ――仲直りのやり方が分んなくなっちゃった。






「ああぁっ!! そうですか、そうですか」

 途端に、すみれは声を荒げた。

「分かりました、分かりました。そっちがその気なら、もう勝手にすれば? 地球だろうが何だろうがぶっ壊して、ヒャッハーすればいいよ。どうぞご自由に」

「……」

「酷いこと言って『ごめん』って謝ろうと思ったけど、やめたわ。やっぱ、あんたのこと嫌い。大っ嫌い。注目されなかったからってイジけてさ、そうやって一生不貞腐れてればいいよ。つきあってらんねぇー」

「はぁ?」

「姉とは思わない? ははっ、こっちから願い下げだね。誰があんたの姉になってやるかってんだ。ふざけんな!! あんたがチャランポランなせいで、私は真面目になんなきゃならなかったわけ。分かる? そんな真面目な私が嫌いですか、そうですか。姉面あねヅラすんなだって? こっちのセリフだ!! 生まれてくるのが一瞬遅かったからって、妹面いもうとヅラしてんじゃねぇよ!!」

 造成create――干渉波Visionary架空飾Hoody!! 感情を高ぶらせたすみれの声が響いて、らんはいつかの姉妹喧嘩を思い出した。何がすみれだ。んで誰だよ、そんなお淑やかな名前を付けた奴は。ヴァイオレンスな君にお似合いなのは、ヴァイオレットの方だ。コードネームの名付け親はらんだった。内に秘めた凶暴性は、月影を受けて解き放たれる。なんで本気をださないのだって? それはこちらのセリフだった。元々、同じ細胞だった二人。二人はイタズラ好きなんだ。ハロウィンの日なんかには一緒になって日和宮ひよりのみやを困らせたり、カフェ・ビビッドに突撃したりした。昔みたいに、一緒にイタズラしようよ。怒られそうになったときに空に逃げて、誰もが恐れる日和宮ひよりのみや先生に向かって「ここまでおいで」と挑発してた君はどこにいったの? 店の前に爆竹まき散らせて、ビビッドさんを半泣きさせた君はいまどこにいるの? 帰って来てよ。

「教えてよ!! すみれはどこにいっちゃったの?」



 雪かと思った。



 気がついた時、らんは夜空に投げ出されていた。眼下に広がる岩国。繋がる光の線が、瀬戸内海との境界線だ。そして、雪は天使の羽だった。空にまき散らされた石英の結晶は、直下から迫る一人の少女のもとへと収束すると、純白の干渉波Visionary架空飾Hoodyを形成する。らんは水平方向からの飛来物に対しては無敵の鉄壁を作り上げることが出来た。だが、垂直方向――真下から飛翔して来る女の子には、ただただ無力だった。重力に引き寄せられるままに、すみれの胸のなかに吸い込まれていく。もうそこに姉妹の姿はない。ただ下弦の月だけが、空で抱き合う二人の少女を見つめていた。


 遠心崩壊コラプス・ファンタジア――叛逆リベリオン

 毀星・Starbrust反重力Doomsday災戯神God、〈高円寺菫(feat. violet)〉、姉放棄Z判定


「寒くないとか嘘じゃん。つめた……」

「そう思うなら、高度下げて。流石に寒い」

「温めるから我慢して。……らんってば、急に人が変わったみたいで……怖かった」

「わわっ、すみれ。泣かないで。ちょっと驚かせただけじゃん」

 いつものらんに戻った? 確かに、見つめ合う先にある瞳は群青に輝いている。けれど、「いつものらん」なんてものは初めから存在しなかった。いままでらんは、妹という名の猫を被っていた。それがいま、お互いの干渉波Visionary架空飾Hoodyを接続して、肌と肌が触れ合えば分かる。もはやらんは、自らの高鳴る鼓動を隠そうともしない。無遠慮に押し付けられるらんの体温。すみれが紅潮したのは、耳が赤くなってしまったのは、外気温のせいだけではなかった。

「って、ちょ、あんたどこ触って!?」

「いいじゃん。誰も見てないし。それにボク、もう堪えらんない。温めてくれるんでしょ?」

「いや、そう言う意味じゃ……」

「じゃあ、やめる?」

「いや、だって……だってぇ……」

「菫ってさ、ホント可愛いよね。もう無理」

 ずっとこうしたかった。なに恥ずかしがってんの。もともと一つだったじゃん。そうやって耳元で責め立てるくせに、らんは焦らしたりして遊んだ。今日が最後だ。明日にはらんは移送される。能力を開花させたすみれもそうだ。二人っきりの空で戯れることができるのは今日で最後。明日からは、〈ダスクDusk〉の代わりをしなければならない。あるいは職務放棄して、隕石を地球に落としてしまうのもありかもしれない。けれど、いずれの未来も、二人の破滅を意味している。だから、今日が最後。らんすみれを味わい尽くす気でいた。

「ねぇ、それでらんは満足なの?」

「?」

「そんなんだから、らんのイタズラは中途半端なんだよ」

「……すみれ?」

「いいから手伝って。――んで、下界のクズたちに見せてやろう。本当のイタズラってやつをさ」

 すみれは空に浮ける。けれど、何処にも行けない。空を駆けるためには、らんの力が必要だ。らんは地平の広さを知ってる。けれど、空の高さを知らない。空高く舞い上がるためには、すみれの力が必要だ。V遠心。H遠心。合わせればD遠心をも凌駕する。全方位に死角はない。――Dawnだ。



「将来のヴィジョンは成長を促す。お前たち、卒業したらやりたいことは?」

「「二人で一緒に、イタズラがしたいです!!」」



 さあ行こうПоехали!! 暁がやって来る。まるで世界が歓喜と祝福に包まれるかのように。天の星空と地上の星空が、蘇った群青と紺青によって分かたれる――天は身悶えるほどの黒だが、Небо очень и очень темное,水平線は青く燃え上がるа Земля голубоватая。弧状に滲む紫紺の向こう側が、光の在処ありかだ。そして、見回せば中空に、悪魔と神が座しているI See Demon and God


 ――黎明Daybreak――。


 天上を覆う闇に向けて、中空には石英と黒曜が散りばめられる。形成されるは、干渉波Visionary空想鏡Horoscope。白と黒の粒子が描く幾何学模様が天上に出現し、そうして紡ぎあげられた巨大なホロスコープは、衛星軌道上に存在する全ての天体を暴き出す。世界中の名も知れぬ遠心少女が、意図的に置いている隕石も例外ではなかった。


 目標座標――設定。

 自己座標――固定。

 D遠心能力――臨界。


 干渉波Visionary空想鏡Horoscopeが暴き出した隕石の数に、思ったより少ないなと感想を述べるすみれ。目標天体をロックオンした暁の双子は、天上に手をかざし、ありったけの力をぶっ放した。



「「宇宙の果てまで飛んでいけってんだ、こんのクソッタレがあああぁぁぁぁ!!」」



 こんなもんを衛星軌道上に置いてんじゃねぇ!! 二人の慟哭、いや全ての遠心少女の叫び声が束ねられ、夜明けの空に響き渡った。



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