反省会

Cosmic Dark Age 0.4



「イデッ。もー、なにすんのお姉ちゃん」

 すみれは手渡された試験結果をぐちゃぐちゃに丸めて同じ顔の少女に投げつけた。らんの不真面目さは知っていた。学校の課題はサボってばかりだし、教官から叱られても何処どこ吹く風。いままでは、そんならんのことを放任していた。自由気ままなのも彼女の良さだと。けれど、最後にはちゃんとやり遂げる子だと信じていた。


 判定。

 V遠心第分類、〈高円寺菫ヴァイオレット〉……S合格

 H遠心第分類、〈高円寺藍アウイン〉……C合格


「ねぇ、どういうつもりなの? これッ!?」

「すごい、お姉ちゃん。第七になれたんだ!!」

 すみれの怒りを無視するらん。それどころからんは、足したら第十だね、なんて無邪気に笑う。第十分類。それは神話の領域と言われた。第十分類とは、分類としては存在しているもののあくまで理論値。つい最近、フタヒメ・ハーレンレファーが第八分類というカテゴリーを確立したばかりである。そして同時に、遠心能力に関して第十以上の分類は不合理かつ無意味と結論付けられた。現時点において計測方法が存在しないのが一つの理由。しかし、あまりに強大すぎる遠心能力を有する第十分類なる存在を、もはやホモ・サピエンスと定義できるのか。全ての真理に至る存在――それを人は神と呼ぶのではないか。国際遠心能力評議会は、伝説の遠心少女〈ダスク《Dusk》〉こそ第十分類だったのではないかと仮定したが、にもかくにも遠心科生の間では神と崇められる存在。そして、すみれが目指している最終到達点でもあった。

 第十分類。口にするのも畏れ多い存在を、それなのにらんはヘラヘラしながら友人か何かのように語る。ふざけるな。衝動のままに、すみれらんの胸倉を掴んでいた。なんにも知らずにのうのうと生きているお前が……第三ごときが、軽々しく第十を語るな!! 私のヒーローを馬鹿にするな!! そんなふうにすみれは目を血走らせる。眼前には、藍方石アウインの双眸。瞳に映る同じ顔の少女――私。ああ、やはりお前と私は違う。燃えるような菫花色ヴァイオレットの目を持つ少女は、写し鏡めがけて、頭突きを繰り出した。

「――そう熱くなんないでよ。お姉ちゃんらしくない」

「……ッ!?」

 届かなかった。すみれの額は、空気を叩きつけたのちに、らんの顔先で制止させられた。H遠心――水平方向Horizontalに影響を与える、らんの力によるもの。たかが数センチ、されど数センチ。無限にも思える壁が二人の目の前には存在していた。らんを中心として発生した遠心力に捕らえられたすみれはもはや、群青で編まれた妹の架空飾かくうしょくに触れることさえ許されない。

「やっぱり……やっぱりそうだ!! 第三なんて嘘!! こんな芸当が出来るのは――」

「ボクは、お姉ちゃんの真っすぐなところ好きだよ。上に行きたいんだよね。……けど、お姉ちゃんは、どうして力が欲しいの?」

「……らんは……分かってない……」

「こんな、人を遠ざけることしか出来ない力。ボクは要らないよ」

らんは分かってない!! 要る、要らないの問題じゃない!! 認められるためには力が必要なんだ!! 基地の外で、私たちがどんなふうに言われてるか知ってるの!?」



 ――第五分類かよ。

 ――〈高円寺宵ダスク〉の娘とは思えねぇ。

 ――双子だから、能力が半減したんじゃね?

 ――ホントだ。足したら第十だな!!



高円寺こうえんじしょうみたいに強い力が欲しいとは思わない。だけどね……力を示さないと、私たちは後ろ指をさされるんだよ!? 私はらんが馬鹿にされるなんて堪えられない」

 基地のなかや学校のなかは、二人にとっての聖域だった。伝説の遠心少女・高円寺こうえんじしょうの娘であり、期待の星であることに変わりはない。けれど、少なくとも一生徒であるという免罪符の色をした架空飾パーカーを身に纏い、紺青のフードで宵の空を隠すことが出来た。紫の空は、まだ宵ではない。青い空はなおさらだ。加えて、教官である日和宮ひよりのみや真実まなみは光となって、すみれらんの空を照らしてくれた。

 だが、卒業すれば、その光は失せる。投げ出された先にある世界は闇だ。すみれらんを包み込む干渉波Visionary架空飾Hoodyを取り去り、裸となった少女たちに向けられた視線の先にあるのは〈ダスクDusk〉のDNA。その二重螺旋は、AGCTが紡ぎあげる塩基配列は、宵の空に整然と浮かぶ星の配列と同じでなければならない。

「いいじゃん違って。ボクはボクだよ」

 なんで同じじゃなきゃダメなのさ。そんなふうにらんはいつもの調子で言った。けれど、すみれはその態度が忽ち許せなくなった。そうか。二人でいたいと思っていたのは自分だけなんだ。らんは初めからすみれのことをどうとも思っていなかった。確かに、沖縄に二人で配属されるんだと言い出したのはすみれの方だった。放っておいたら、どこかに行ってしまいそうならん。そのらんを繋ぎ止める為の目標。――「ボク、寒いのは苦手だけど、暑いのはもっと苦手だなぁ」。思い返せば、らんが沖縄に行きたいと言ったことは一度も無かった。

「あぁぁぁぁッ!! もういいよッ!! 勝手にすれば?」

「お、お姉ちゃん?」

「そうやって、ヘラヘラヘラヘラヘラヘラ。分かった気になってればいいよ!! 私は沖縄に行く!! で? あんたはどうすんの? ハッ、第三? 誰がそんな中途半端なやつ欲しがるかっつーの。一生、「〈ダスクDusk〉の娘わら」って馬鹿にされ続ければいいよ。私は上に行く!! あんたが泣き付いて来たって、もう助けてやんない!!」

「えぇぇ? ボク、泣きついたことあったっけ?」

「うっさい!! 黙れ!! 好きにすればいいよ!! どっか行っちゃえ!!」

「ちょ、え? は? いやいや、意味分かん――」

「もう、あんたなんか妹でも何でもない!! 顔も見たくない!! さよなら!!」

 しまった、言い過ぎた。そう気がついた時には、もう遅かった。はっとしてらんを見ると、黙って俯いていた。まるで夜がやって来るかのように、彼女の瞳は闇に沈み、干渉波Visionary架空飾Hoodyもまた、その光度を失っていった。包み込む空気は一変した。すみれの目の前にあった鏡は、いつの間にか冬の窓ガラス。隔てられた色のない壁の向こう側で、氷の女王は闇の衣を纏っていた。

「……らん?」

「――全ての真理? 笑わせる。『遠心力は、髪をボサボサにして、服をパサパサにして、肌をカサカサにする』。それだけだよ」



 再試験してくる。そう言ったらんの言葉は、氷に穿たれたすみれの耳には届いていなかった。双子の姉が第七分類なのに、妹が第三分類なことは有りえない。学校側は偽装申告している可能性を指摘し、再試験するようらんに言い渡していた。「どうすればいいと思う?」。そんなふうに、らんは相談するつもりだった。「あんたはあんたのままでいいよ」。本当はそう言って欲しかった。それなのに、言われた言葉は、顔も見たくない。らんは感情を失ったまま、黙ってフードを被った。



「いままで姉でいてくれて、ありがとう。もうボクの顔を見ることは無いと思うから安心して。――さよなら、〈高円寺菫ヴァイオレット〉」



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