番外編 錦天満宮with寺町京極商店街

 ぽつぽつ、と雨が降ってきて、有可は「そんなんありか……」と呟いた。

 今日は一日晴れる、という予報だった。なのに、一條戻橋の下でわらびと合流した途端にこれである。

 心配性なので、一応折りたたみ傘は持ってきている。だが、大型スーパーの安売りワゴンで買った、税込千円のシロモノだ。一時的に雨を凌ぐ事はできても、長時間差して歩くのには向いていない。

 ……と言うよりも、まず有可自身が、雨の中を歩き回りたくない。

 空はどんよりと雲が立ちこめていて、この雨が一時的なものではない事を示している。

「どうしようかな……」

 どうしようも何も、わらびと共に行動する時、行き先を決めるのは大体わらびに任せている。わらびがオススメスポットに連れて行くと言ってくれるので、素直に厚意に甘えているのだ。そもそも、どうしようと言ったところで有可は京都の街に詳しくない。どうすれば良いのか、皆目見当がつかない。

 そんなわけで、どういう方針で行こうか相談するべく、有可はちらりと、わらびの方を見た。すると、わらびは「ふむ」と呟いて、「ならば」と言葉を続ける。

「ならば、雨に濡れずに楽しめる場所へ行くとするか」

 言うやいなや、わらびは早速歩き始めた。

「え、雨に濡れずに……って。博物館とか?」

 慌ててわらびを追いながら問う有可に、わらびは「否」と言う。

「錦天満宮に行こうかと思うておる。雨天時、境内では傘が必要となるが、道中はアーケード商店街を通る故、傘は不要ぞ」

 言うや、「まずは河原町駅へ向かおうぞ!」と言って走り出してしまう。

「ちょ……待てって! 神社へ行くのに、商店街って?」

 有可も、わらびの後を追って走る。そして、今出川駅から地下鉄で四条駅へ。そこから地下を歩いて烏丸駅へ移動し、阪急京都線で河原町駅へ。

 河原町駅の周辺は、デパートが多い事もあってか、歩道であっても屋根がある場所が多い。横断歩道を渡る時は屋根が切れるので傘が必要だが、それほど頻繁ではなく、横断歩道の距離も嫌気が差すほど長いものではない。敢えて言うなら、人が多いので傘を差しているとぶつけたりしないか少し心配になる。

 そうしてそれほど雨に悩まされる事も無いまま歩いていたかと思ったら、わらびが急に横道に入った。なんとなくまっすぐ歩き続けるものだと思い込んでいた有可は、うっかり曲がり損ねて置いて行かれそうになる。慌ててわらびの後を追い角を曲がって。

「……ここ、こんな風になってたんだ……」

 そう呟いた彼の眼前には、多くの店が軒を連ねていた。これが、わらびの言っていた商店街か。商店街の入口たる曲がり角には「寺町京極」と書かれていたような気がする。

 商店街、という言葉から連想できる魚屋や、野菜を売る店がある。京都のお土産品を売る店がある。お菓子の店や、スマートフォンのパーツを扱う店がある。全国展開している百円ショップや飲食店の看板も見えた。紛う事無き、商店街である。

 事前にわらびが言っていた通りアーケード街商店街となっていて、普通に歩く分には傘は不要だ。

「行くのは神社なんだよな? ここを通り抜けた先とか?」

 辺りをキョロキョロと眺めながら、何気なく有可は問うた。すると、わらびは首を傾げて「いや?」と言う。そして、とある角でぴたりと足を止めると、角を曲がる先を指差した。

「ここだが?」

「……へ?」

 呆気にとられて、有可はわらびが指差す先を見た。たしかに、「錦天満宮」と書かれた額が掛かっている鳥居がある。

 この商店が建ち並ぶ場所に、どうやって鳥居が? 隣の建物と間隔を取るのは難しくないだろうか? と思い、上を見上げてみる。鳥居は、両隣の建物の壁にピッタリとくっついている。距離があるのではっきりとは言い切れないが、本当に隙間無くくっついているように見える。見る方角によっては、鳥居が建物に刺さっているようにすら見える。どうやって作ったんだろうとか、隣の建物の持ち主と何かしら契約を交わしているのだろうかとか、色々と気になる。……が、今ここで思案しても残念ながら謎は解決しない。

「……まぁ、帰ってからも気になったら調べてみれば良いか。忘れてたら、その程度の引っかかりって事で」

「うむ。良い感じに雑になってきておるな。それで良い。ユウカはいつもちと生真面目が過ぎる故」

 そう言うと、わらびはさっさと鳥居を潜ってしまう。その後に、有可も慌てて続いた。鳥居より先は屋根が無いので、歩きながらも折りたたみ傘を出して差す。

 境内はこぢんまりとしていて、鳥居を潜ってそれほど歩くことなく本殿の前に立つ事ができる。

「……そう言えば、天満宮で何をお願いすれば良いんだ? 受験生って歳じゃないし、資格試験を受ける予定も無いし……」

 有可が問うと、わらびは「ふむ」と唸った。

「まず一つに、神社に参拝したら必ず願い事をせねばならないというルールは無い。気軽に挨拶だけしておくが良い。ほれ、困った時だけ頼み事をしに来る者と、普段から小まめに顔を見せてくれる者、ユウカであればどちらを助けてやりたいと思う?」

「それは……」

 間違い無く、小まめに顔を見せてくれる者だ。そう言うと、わらびは「そうであろう?」と言って頷いた。

「特に願い事は無くとも、普段から気軽に神社に参拝しておくと良い。さすれば、ユウカが困った時。顔馴染みとなった神々が、何か助けてくれるやもしれぬ。それと、何かを願うのであれば……ただ願いが叶う事を祈るのではなく、その願いを叶えるために己も努力すると誓いを立てよ。他力本願で丸投げする者より、他者を頼みにしつつ己でも努力をする者の方が神も力を貸してやろうという気になるらしい故」

 たしかに、「あとは任せた」と丸投げしてくる者より、「自分でも頑張ってみるけど、力が足りない分は助けて欲しい」と言われた方が、手助けをしようという気になるな……と有可は思わず頷いた。最も、どんな頼まれ方をしても有可の性格上、断る事はほぼできないのだが。

「難しいな」と呟きながら、有可は賽銭箱に賽銭を投じ、二礼二拍手をしてから手を合わせた。挨拶をして、それから……ふと思い立ち、願い事を小さな声で呟いた。

「歩き回る体力をつける努力はするから……今みたいに知らなかった場所へ行く機会が、これからもありますように」

 その呟きを耳ざとく聞きつけ、わらびが口元を綻ばせる。それから「そうじゃ!」と大きな声を出して手を打った。

「ユウカ、おみくじを引いていかぬか?」

「おみくじ? 何でまた……」

 突然の申し出に戸惑いながら有可が問うと、わらびは「うむ!」と力強く頷いた。

「この錦天満宮のおみくじは一風変わっておってな。見ていて楽しい故」

「楽しい?」

 楽しいおみくじとは。首を傾げる有可に、わらびが「ほれ」と言って境内の一角を指差す。そこには、透明なケースが設置されており、中には小さな獅子舞の人形がいた。

「この獅子舞はからくりでな。指定金額の小銭を入れてボタンを押すと、この獅子舞が動いておみくじを引いてくれるのじゃ。このようなからくりのおみくじを用意している神社は、珍しいのではないか?」

 たしかに。オンリーワンまではいかなくとも、かなり珍しい部類に入るだろう。そう思うと、俄然引いてみたくなる。

 おみくじのボタンは何種類かある。有可は少し考えてから小銭を投入し、「総合おみくじ」と書かれているボタンを押した。すると、途端に笛の音が鳴り始め、獅子舞が動き出す。

 獅子舞が動き、ケースの側面を向く。そこにはまた別の機械があるらしく、何やら紙を折りたたんだような物が出てきた。どうやら、先ほどボタンを押して選んだおみくじが出てきたらしい。それを獅子舞が加えたのを見て、有可は思わず「おぉっ」と声をあげた。少々はしゃいでいる様子の有可に、わらびが「のう、ユウカ?」と声をかけた。

「先ほど、知らなかった場所へ行く機会がこれからもあるように、と願っておったであろう?」

「……聞こえてたのか。……うん」

 獅子舞から目を離さずに有可が答えると、わらびは「ならば」と言う。

「これからもう少し、知らなかった場所へ行ってみぬか? 具体的には、先ほどの商店街の中で、その場で食す事ができる物を購っている店を巡って、食べ歩きをせぬか?」

「……結局、どこへ行っても最後は食に辿り着くのか……。と言うか、ひょっとしてここを行き先に提案したの、雨が降ってるからとかでなくて、それが目的……?」

 獅子舞の動きが気になって視線を動かす事ができない有可だが、それでも、わらびがフイッと目を逸らしたのがわかった。どうやら、食べ歩きが本来の目的で、雨が降っているからというのは後付けの理由なのでは……という有可の推測は当たりのようだ。

 折角、ちょっとしんみりして良い雰囲気であったのに、台無しである。

「そんなんありか……」

 呟いたのとほぼ同時に、獅子舞が口にくわえたおみくじを放す。おみくじはカタリという音を立てて取り出し口に落ち、からくりの獅子舞は有可達の様子を見て楽しみ笑っているかのように、カタカタと上下に動いていた。



(了)

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戻橋下のお助け狐~式神随行京歩き~ 宗谷 圭 @shao_souya

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