第11歩 出町柳の美味い豆餅、そしてまた登る
二時間半かけて登った山道を、今度は二時間かけて下る。下りは登りよりもスピードを出しやすいためか、若干登りよりも所要時間が短くて済む。ただし、一度下りだしたらスピードがついて中々止まれず、下るというよりも転がり落ちる、という表現の方が適切なようにも思えるが。
下り終えたらガクガクと笑う膝を叱咤しながら清滝のバス停に戻り、バスで嵐山まで。嵐山駅で阪急嵐山線に乗り換えて、終点の河原町駅までは体力を取り戻す事に尽力した。座席に着いた途端に登山の疲れと電車の心地よい揺れによって爆睡したとも言う。
河原町駅からは一駅分ほど歩いて、祇園四条駅へ。そこで京阪線に乗って出町柳駅を目指す。出町柳駅に着いたら、叡山電車の鞍馬線に。これで乗換は終了のはずだ。
目的の地は、貴船神社。豊かな緑と清らかな川に囲まれた、生命力溢れる場所だ。
「そこの神様がわざわざアンタを呼び出すって……何事なんだ?」
「わからぬ。……が、儂に頼むような事だ。世界の命運に関わるような、とんでもない依頼ではあるまい」
出町柳駅に着いた際に「どうしても」と言い張り、寄り道をしてまで買った人気の豆餅を頬張りながら、わらびがあっけらかんと言った。
先ほど、愛宕神社で話をした迦遇槌命はわらびに、貴船神社に行って欲しいと言った。貴船神社に祀られている
高龗神は迦遇槌命と繋がりのある神であるそうだ。更に人々の困りごとを解決しようとしているらしいと密かに神々の間で話題になっていた式神が迦遇槌命と旧知の仲である事から、迦遇槌命がわらびへの仲立ちを依頼されたのだという。
詳細は迦遇槌命も承知していないため、まずは貴船神社に行ってみてくれ、という話になり、現在に至る。
「……と言うか、今から行って大丈夫なのか? 大分暗くなってきてるけど……」
愛宕山の往復に約五時間かけている上、それ以外の移動でも結構な時間を使っている。黄昏時もそろそろ終盤に差し掛かっていると言えるだろう。
今から行っても、境内に入れないのではないか? そう心配する有可の口に、わらびは豆餅を一個、押し込んだ。
「ほぐっ!?」
「良いから、腹ごしらえぐらいしておけ。死んでいても、物を食べたと思うだけで不思議と力が湧いてくるもの。この後はまた、そこそこ歩くからのう。山を登る度にひいこら言っておるユウカには、腹ごしらえは必要な行為であろうて」
「む……」
体力の事を言われてしまっては、ぐうの音も出ない。喉に詰まらせないよう、突っ込まれた豆餅を手に取って改めて囓った。程よい甘さに、ほんのりと感じられる塩気。餅は柔らかく、それでいて大きな豆がゴロゴロと入っている。美味い。これは人気が出るはずだ、と納得して、有可は更にもう一口、豆餅を囓った。
素直に咀嚼し始めた有可に、わらびはため息をつく。
「心配する前に、調べてみよ。たしかに遅い時間帯ではあるが、今は五月故、まだ大丈夫であろう」
言われて、有可はスマートフォンを取り出し検索してみた。なるほど、たしかに五月は夜の二十時まで開門しているとある。尚、十二月から四月までの間は夜十八時に閉門らしい。
「それに、今回は祀られている神直々のお呼び出し故、開門時間を過ぎてもどこかから入れるようにするぐらいの融通は利かせてくれようよ」
「行く前から裏口入場を当て込んでるっていうのもどうなんだよ……」
しっかり咀嚼した豆大福を飲み込んでから、有可は呆れ顔で呟いた。しかし、わらびはどこ吹く風である。
「……ところで、今回はお招きされてるから良いとして……さっきの愛宕神社とか、この前の石清水八幡宮とか……霊でも入れるんだな。お寺とか神社って聖域ってイメージだから、式神も含めて霊は入れないと思ってたんだけど……」
「儂は勿論、御坊やたつ、源太は邪気が無いからの。そこの主の性格にもよるだろうが、生きた人間に害をなさぬのであれば出入りする分にはおとがめ無しの施設も少なくないぞ」
「へぇ。じゃあ、あのお坊さんが最初寺の外にいたのは……」
「あれは単純に、境内を霊がうろついていると生きている僧達の修行の邪魔になると思って遠慮しておったそうだぞ。かと言って他に行く当ても無く、最終的にあの位置に落ち着いたという話であったな」
「……へぇ」
そんな話をしているうちに、電車は終点一駅前の貴船口駅に着いた。ここが貴船神社の最寄り駅らしい。
「駅からバスで行く事もできるようだが、それほどの距離ではないようだ。バスを待つ時間も惜しいし、バスに乗っても精々五分。それであれば、歩く事にしようぞ。問題はあるまいな?」
有無を言わさぬ言葉に思わず頷き、そして歩き出してすぐに有可は「うっ」と呻いた。目の前の道は、緩やかながら坂になっているように見える。
「……登るんだよな? 坂……」
「うむ。坂は下るのでなければ登るもの故」
「……俺、今日愛宕山で往復五時間の登山してるんだけど……」
「これを機に、運動不足を改めると良いのではないか?」
とりつく島も無いとはこのことだろうか。何故、わらびに関わるといつも山道や坂道を登ることになるのだろうか。口には出さないが湧き出る疑問を抱えつつ、有可はえっちらおっちらと足を引きずるようにして坂道を登り始めたのであった。
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