第8歩 愛宕山 二度目の登山と公衆便所

 駅の外にはバス停があり、そこでわらびに指示されるままに京都バスに乗車。京都市営バスではなく、京都バスである。乗車する系統は62、64、72であればどれでも良いと言われたので、一番早く来た物に乗ることにした。

「……で、どこで降りれば良いんだ?」

 バスの振動に揺られつつ、有可は問うた。バスは先に進むにつれて乗客が少なくなっていくのだが、式神や幽霊が合計四人も乗車しているため、寂しい感じはあまりしない。

「うむ。とりあえず終点の清滝を目指しておる。そこまで行くと、愛宕神社の参詣登山道が近いのでな」

「……アンタ、時々千年前の式神とは思えないほど現代の知識を発揮するよな……。抹茶パフェが美味い店とか、バスの路線図とか……」

「式神となったのが千年前というだけで、知識は千年間更新され続けておるのでな。まぁ、時々色々混ざって、愛知県を尾張と三河、と言ってしまうような事もあるがの」

「……と言うか、なんで愛宕神社?」

 疑問符を浮かべる有可に、わらびは「ふっふっふ」と笑って見せる。説明できるのが嬉しそうだ。

「愛宕神社に祀られておるのは本宮の稚産日命わくむすびのみこと埴山姫命はにやまひめのみこと伊弉冉尊いざなみのみこと天熊人命あめくまうしのみこと豊受姫とようけひめの五柱に、若宮の雷神、迦遇槌命かぐつちのみこと破无神はむのかみの三柱だが……世俗的にはもっぱら、迦遇槌命を中心に火伏せ……つまり、鎮火の神として尊崇されておる。迦遇槌命の名前ぐらいは聞いたことがあろう? 彼を産んだ伊弉冉尊に大やけどをさせ、その死因となってしまった神だ」

 最近は古事記よりもゲームや漫画、アニメで聞き覚えがある人の方が多い気がする。……が、それを言っても何も生み出さないため、有可は黙っておくことにした。

 説明を聞いているうちに、バスは清滝のバス停に到着する。バスがUターンできるようになっている少々広めの駐車スペース、という印象だ。

 バスを降りて歩くようになっても、わらびの説明は続く。

「愛宕神社には〝三歳参り〟という風習があってな。三歳までに愛宕神社に参拝すれば、一生火事に遭わないと言われておる」

 わらびの言葉に、たつの目が見開かれた。

「火の神である迦遇槌命であれば、地獄の炎からも守ってくれよう。源太は三つと言うておったが……現代の数え方なら、まだ二つ。〝三歳になるまでにお参りした〟と主張しても、間違いではあるまい」

 たつの目に、光が灯る。光明が見えた、という表情だ。

「じゃあ、今から俺達は……」

「うむ。愛宕山の山頂にある、愛宕神社を目指す。そして、源太の三歳参りを果たそう、というわけよ」

 そう言ってから、わらびは「おぉ、そうだ」と言い、少々いじわるそうな顔で道の傍らを指差した。そこには、公衆便所がある。

「ユウカ、山頂を目指す前に用を済ませておいた方が良いぞ。山頂に着くまで、雪隠は無い故」

「……お、おう」

 忠告され、有可はいそいそと公衆便所へと向かっていく。その後ろ姿を眺めながら、わらびはふと、思い出した顔をして言う。

「そう言えば……この雪隠は水洗ではないと小耳に挟んだ事があるのだが……今はどうなっているのかの?」

 残念ながら、唯一の現代っ子である有可がこの場にいないため、わらびの言っている意味を理解できる者はいなかった。そして、用を済ませて戻ってきた有可が「そんなんありか……」と呟いていたのだが、その意味を理解できたのも恐らく、わらびだけだった。

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