第4歩 登山と運動不足と写真撮影

 心地よい静けさを持つ山だ、と歩きながら有可は思う。

 他の参拝者もいるが、山頂に神社がある──神の御座す山と心得ているからか、人々は会話はしていても騒々しさが無い。

 山の近くに道路はあるが、交通量が多くないからか最初から空気は清々しかったように思う。標高が高くなればなるほど、空気は益々清くなっていくようだ。

 時折、風が木々を揺らす音、鳥のさえずりが聞こえてくる。ちょろちょろと水が流れる音が聞こえたのでそちらを見れば、そこにはとても小さな滝があり、水が垂直に落下していく様を見る事ができた。手は届かない距離だが、触る事ができたら気持ちが良さそうだ。

 勾配はそれほど急ではなく、覚悟したほどキツくはない。この調子なら、山頂に辿り着くのは楽勝かもしれない。

 ……と思えたのは、精々最初の十分ぐらいの事だった。

「む? もうへばったのか、ユウカ?」

 前方を行くわらびがニマニマと笑いながら、有可の事を振り返っている。その横では、心配そうに僧侶が有可の様子を窺っている。

「しかた……ないだろ。俺、元々インドア派だし、仕事だってデスクワークだし……。日常的に運動不足なんだって……」

 ぜぇはぁと肩で息をしながら、なんとか足を一歩ずつ前に進めていく。段々足が上がらなくなっていき、低い段差すら登るのが辛い。体が前のめりになり、肩は前へ突き出され、背中が猫背になっているのがわかる。

「姿勢が悪いぞ、ユウカ。それでは益々疲れやすくなろうに」

「……知ってるか。良い姿勢を保つにも、一定の体力と筋力が要るんだよ……」

 それがわかっていても、日常生活で積極的に運動をする気にはなれない。写真撮影の趣味こそ持つが、美しい風景写真を撮るために山を登ったり吹雪く雪原へ行く気にもなれない。それ故に、写真撮影は大体自宅近所の川や公園を主な活動場所としているぐらいだ。

「早く行こうとは言うたが、一気に山頂まで行くほど急ぐ必要もあるまい。せっかく来慣れぬ山へ来たのであれば、趣味の写真を撮りつつ歩いた方が気分も上がるし休み休み行けると思うが?」

 そう言って、わらびが僧侶の方が向くと、僧侶も微笑んで頷いた。

「私は、もう何百年も悩んでおりましたから……。今更、数十分や数時間遅くなるぐらい、なんともございません」

 そう言って貰えて、少しだけ心が軽くなったようだ、と有可は思う。僧侶は早く山頂へ行きたいだろうに、自分が足を引っ張っている、という想いが心のどこかにあったようだ。それが、プレッシャーになっていたのだろう。

 そして、せっかく勧めてもらったのだし、とカメラを手に取り、辺りの風景に向けて構える。

 三月という時期柄、鮮やかとは言い難いが……それでも、優しい緑色がファインダーを通して視界に飛び込んできた。植生が豊かな山なのだな、と思わずにはいられない。

 木々を撮り、鳥の声が聞こえたらそちらにレンズを向け、時には少ししゃがみ込んで敢えて山の勾配を強調して撮ってみる。適当にレンズを向けたところで、偶然良い構図になっていたらすかさずシャッターを切る。

 撮影を始めた途端にイキイキと活発に動き始めた有可に、わらびと僧侶は笑い出した。そんな二人に振り向いて「笑うなよ!」と言ってから、有可は「ん?」と首を傾げた。

「む? どうした、ユウカ?」

「……いや、何でも」

 そう言ってから、有可はそっとカメラのサブディスプレイを見る。そこには今撮影したばかりの写真が映し出されていて、こちらを見て笑うわらびと僧侶の姿を見る事ができた。

 その画像をしばらく眺めた後、何かを思い付いたのか。有可は口元で、密かに笑った。

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