第3歩 徒歩かケーブルカーか、石清水八幡宮

 京都駅から近鉄京都線に乗り、丹波橋駅で下車。ここで京阪本線に乗り換えれば、石清水八幡宮駅に行ける。乗った列車にもよるが、スムーズに乗換ができた場合、京都駅から石清水八幡宮駅までの所要時間は最短三十分ほどだ。

 石清水八幡宮から二、三分も歩けば、すぐに「石清水八幡宮」と刻まれた大きな石碑と鳥居が見えてくる。この鳥居を潜るとすぐに色鮮やかな建物が見えてくるのだが、これは本殿ではなく頓宮というらしい。

「……で、この頓宮を過ぎてすぐの場所にあるのが、件の高良神社。ちなみに、極楽寺の方は一八六八年に鳥羽伏見の戦いで焼失して現存しないんだと」

 駅を出てすぐの場所で立ち止まったままスマートフォンを操作して情報を読み上げる有可に、わらびが「ほう」と呟いた。

「つまり、少なくとも今回は極楽寺を見た事で観光を終えたと思ってしまう懸念は無い、という事だな」

「そういう事になるな。……ところで、駅を出る前に確認しておきたいんだけどさ」

 スマートフォンをボディバッグにしまいながら、有可は二人に問うた。首を傾げる二人に、駅から向かって東南と西南をそれぞれ指差して見せる。東南の方角にはロータリー。西南の方角には別の駅らしき物が見える。

「ロータリーの方へ行けば、さっき行った鳥居があって、頓宮や高良神社を見る事ができる。……で、そのまま山を登って行けば、石清水八幡宮の本殿に着けるはず」

「では、あの駅らしき物の方へと行くと、どうなる?」

 興味津々のわらびに対し、有可は少し間を貯めると、言った。

「あの駅へ行くとな……ケーブルカーに乗れる。……で、そのケーブルカーが、本殿がある山頂まで連れて行ってくれる」

「なんと! そのような便利な交通手段があるのですか!」

「足腰が弱い者でも詣でる事ができるというわけか。その意気や、よし!」

「うん。で、どっちのルートで行くか……って話なんだけど」

 そう言うと、二人は顔を見合わせ、そして「ふむ」と唸った。

「儂としては、そのケーブルかカーとやらに乗ってみたいのだが……御坊はどう思われる?」

 わらびに問われ、僧侶は「そうですね……」と呟くとしばし考えた。

「私は……山を登りとうございます。時が経ち、以前と景色は異なっているかもしれませんが……やはり、以前やり残してしまった事ですので……」

 その言葉に、わらびが「うむ」と頷いた。

「そうだな。此度は御坊の悩みを晴らすために来たのだ。ならば、御坊が行くべきと思った道を行くのが良い。もっとも、儂らは霊故、生者が山登りで得るような爽快感や疲労感は無いかもしれぬが」

 その瞬間、有可は登山とケーブルカーの二択を提示した事を後悔した。……そう。登山をして疲れるのは有可だけなのである。最初から「今はケーブルカーで登るものだ」と言っておけば山登りはしなくて済んだだろうに。

「……けど、山登りをしたくないために嘘をつくのもどうなんだ? ……というか、あの二人に嘘って通じるのか……?」

「葛藤の声が漏れ出ておるぞ、有可」

 ブツブツと呟く有可に、わらびがさらっとツッコミを入れる。心の声を口に出してしまうようでは、まず、有可自身が嘘をつくのに向いていなさそうだ。

「それよりも、早く行かぬか? 御坊が落ち着かずそわそわしておるし、ユウカとて遅くなると帰りの電車が気になるだろう?」

「あ、うん」

 言われて、ハッとした。たしかに帰りが遅くなってしまうのは避けたい。帰りが遅くなると……。

「……?」

 遅くなると、どうなる?

 突如湧き出た焦燥感と、その正体がわからない空虚感に、有可は一瞬、背筋が冷える感覚を覚えた。

 何故だろう。何故自分は、帰りが遅くなってはいけないのだろう。そして、何故それを忘れてしまっているのだろう?

 考えても、歩き始めても、答えは出ないまま。その居心地の悪さに顔をしかめながら、有可は歩を勧めた。その足元を、またもわらびが見詰めている事に気付かないまま。

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