冷たい緑の贈り物

「あついぃ……」

「あぁ、暑いな」


 何回目のやり取りだろう?


 定期的に氷のかたまり召喚しょうかんして夏の攻撃に対抗たいこうしているものの、あまり効いている気がしない。このところ暑い日が続いていて、外に行く気力も起きないから蒼万あおよろず総出でぐったりとしている。


 鎮守ちんじゅの森から聞こえるせみの合唱も、ここぞとばかりに一段と勢いを増していて五月蠅うるさくなって、軒先のきさきれる風鈴の音をかき消している。


 ずっと店の中にいるとはいえ、扉が開けっ放しだから屋外の日陰ひかげと環境的に大して変わらない。


「暑いって言うから暑いのよ……」


 サフィーは毅然きぜんとしているが、連日の暑さにはえられないらしく語気に勢いがない。ロシェルチル北の大陸の雪国出身だから、暑さに弱いのは当然と言えば当然だ。


「そうは言ってもなぁ、どうしようもねぇんだよなぁ……」

「どうしようもないことはないわよ……」


 完全に水になりかけている小さな氷塊ひょうかいながめながら、サフィーがつぶやく。氷と同じように、サフィー本人の毅然さも溶けかけている。


「ご主人、氷出して欲しいわ……けそう……」

「出したとこであんますずしくならねぇぞ」

「いいのよ。見てるだけ少しマシになるもの……」


 サフィーの近くに氷塊を召喚してやる。本当に気休めにしかならないだろうけど、あの透明感のあるゴツゴツした物体は涼しさを感じられる。


「これでいいか?」

「ありがとう、ご主人。これでまたしばらく耐えられるわ……」

「ヌシー、こっちもー」

「はいはい、そっちもな」


 今度はレインの方に氷塊を召喚する。ついでに自分の近くにも氷塊を召喚する。


「あぢぃ……」


 こんな調子で今日も一日がゆっくりと流れてゆく。




 ぼんやりと店の入り口を眺めていると、陽の当たる乾いた地面に影が現れた。その影を作る正体もすぐに視界に入る。客かと思えば、見知った顔だ。


「いらっしゃ……おう、ヤタか」

「こんにちは」

「ヤタ様だけじゃないよー。あたしもいるよー?」


 ヤタの後ろから声がして、女の子が後ろから顔をのぞかせる。


「お、花梨かりんもいるのか。連れてくるなんて珍しいな。それで、何か欲しいもんでもあるのか?」

「いえ、特に何かを求めたりお願いしたりといったことはないですよ」

「じゃあ何しに来たんだ?」

「これを届けにきたんだよー!」


 花梨が宙に浮く水球につつまれた物体を見せる。


「わぁ、すっげぇ!」

「すごい、涼しそう……」


 俺よりも先に、使い魔達サフィーとレインが即座に反応する。

 陽光を浴びた水球に入った深緑の球体、それは使い魔達の気を引くのに十分すぎるものだった。


「お、西瓜すいかじゃねぇか。ありがたく受け取らせてもらうぜ」

「今朝、庭園で収穫したばかりの新鮮なものですよ」

「わざわざここまで届けてくれたのか」

「ええ。リンが『レインやサファルに届けたら喜びそう』と言うのでここに持ってきました。見たところ、皆さん暑さにやられてそうなので丁度良かったですね」

「あぁ、見ての通りだ。こうも暑いとやってられねぇ」


 暑さにやられている使い魔たちを見ながら、参ったという表情で答える。


「これを食べたら、元気になれると思うよー!」

「ええ、リンの言う通りです。しっかりと冷やしてきたのですぐにでも食べられますよ。冬空池ふゆぞらいけの水を使っているので中までしっかりと冷えているはずです」

「そいつはありがてぇ」

「とってもつめたいよー?」


 レインが水球をつつく。


「うわぁぁ!? つめたいっ!」

「サブちゃん、勝手に人のもの触っちゃダメよ?」

「リンちゃん、ごめんなさいっ!」

「べつにいいよー。スイカを包んでるだけだからねー」

「水球もそこの水ですから冷たいですよ。あの池の水は、沢の水なんかよりもはるかに冷たいですからね」


 レインの反応が面白かったのか、ヤタが微笑んでいる。


「これ、どこに置けばいいかなー?」

「俺が受け取るよ。水ごと渡してくれ」

「えいっ!」


 返事の代わりの掛け声と共に、花梨が物を投げるモーションをする。すると、それとリンクするように水球がこちらに向かって飛んでくる。俺は魔法で水を消滅させて中身の西瓜を受け止める。ずっしりと、そしてひんやりとした感触が手を伝う。


「うおっと、思ってたより重いな。こりゃしっかり中に実が詰まってそうだ」

「おいしそうなの、選んだんだー!」


 暑い中わざわざ冷やしたものをここまで届けてもらったんだ、俺はふたりに提案をする。


「ヤタ、花梨も一緒に食べてかないか?」

「私たちは大丈夫ですよ」

「あたしも、だいじょうぶだよー? これはー、贈り物だもん!」


 ふたりはあくまで届けに来ただけのようで、一緒に食べていく気はないらしい。


「ヌシにさんせーい!」

「私も賛成よ。皆で食べたほうがいいわね」


 使い魔達は大賛成。俺も、使い魔達の意見に賛同する。

 

「俺も賛成する。暑い中、歩いて来たんだろ?」


 3人からの賛成だ、断ろうとしていたふたりも意見を変える。


「そちらは皆賛成ですか。それならば、お言葉に甘えて西瓜を頂きましょう。こういうのは、大勢で分け合った方がいいものですから」

「そーだねー! みんなで食べたほうがおいしいもんねー!」

「よし、決まりだな。早速食べるとしよう」


 俺は氷で包丁を創り出すと、カウンターをまな板代わりに西瓜に氷のやいばを入れる。刃を入れると、パキパキと音を立てて刃を入れた少し先まで皮が割れる。しっかり中身が詰まっている証拠の割れ方だ。さらに刃を食い込ませていくと、程なくして真っ赤な果肉が顔を覗かせる。


「おぉ、こりゃ旨そうだ」


 使い魔たちは興味津々なようでいつの間にか近くまで来ており、赤い果肉が見える瞬間を待ち望んでいる。


「ふっ!」


 更に力を加えて西瓜を真っ二つにすると、真っ赤な真円が現れて使い魔達の歓声が上がる。


「わぁ、美味しそう」「おぉっ!!」


 食べやすいように、半球になった西瓜を三角の形に切り分けいって4人に手渡す。


「はやく食べたいよぉ」

「レイン、気が早いわ。もうちょっと待ちなさい」


 サフィーがレインをたしなめる。

 使い魔のやり取りを尻目に西瓜を切り分ける。最後に、自分用のを切り分けて皆に合図をする。


「それじゃ、食べようか」


 合図を皮切りに使い魔達は西瓜を食べ始める。皮から伝わる冷たさにかなり期待が膨らんでいたのだろう。


「――! つめたいっ!」

「これ、氷を見るだけより効果あるわ……。おいしいし」


 使い魔達は各々の感想を口にする。彼等の反応を見て、俺も手に持っている赤色の三角形に視線を向ける。


 西瓜を切り分けている時から冷やされた左手から感じる期待を、間違いないと訴えるみずみずしい赤い果肉。そしてそのまま三角の頭にかぶりつく。瞬間、果肉のシャリシャリした食感とキンキンに冷やされた甘い果汁が口の中に広がる。


 一番冷えにくい実の中心部でこの温度だ、よく冷えている。そしてこの冷たさはとてもありがたく、暑さにやられかけている体によくみる。


「ははっ、こりゃ西瓜味のかき氷だな」


 思わず少し笑ったような声になる。使い魔達の方を一瞥いちべつすると無言で食べ続けている。レインは早くも半分ほど食べ終わっているし、サフィーの方もいつもより食べるペースが速い。


「かき氷ですか――」


 ヤタが西瓜を一口かじって頷く。


「ふむ。言い得て妙、ですね。確かに似たようなモノを感じます」

「かきごおりー?」


 花梨も言葉に釣られて一口。


「おおー! ほんとだー! スイカのかきごおりだー!!」

「ちゃんと中まで冷えるからこそなのでしょう。池の水で包んだのは正解だったようです」

「包んだかい? があったねー!」

「喜んでもらえてよかったですね、リン」

「うん!」


 冷えた西瓜を堪能たんのうし、思考も通常通りに回るようになったところで、この素晴らしい贈り物のお返しを考える。何が良いだろうか。しばし思考を巡らせていると――


「これ、なんだか最近食べた覚えがあるような気がする……?」


 不思議そうにレインが呟く。


「最近、こんなに冷たいものを食べたかしら?」


 記憶を辿ってみるが、身に覚えはない。


 レインがほとんど皮だけになっている西瓜にかぶりつく。そして、唐突に大声を上げる。何か思い出したんだろうか?


「これ、あれだ!! あれ、なんだっけ!!」

「いきなり大きな声出さないの! びっくりするからやめて」


 サフィーの注意を無視し、なお言葉を続ける。


「ほら、あれだよ! ヌシが買ってきたやつ!」

「あー、あれね。ご主人はなんて言ってたかしら……」


 思い出した。少し前に、商品の仕入れついでにナナココッツの方に立ち寄って、そこで南国のフルーツを使ったアイスキャンディーを土産にしたのだ。恐らくこれのことを言っているのだろう。西瓜とそれらは似て非なるものだが、夏を感じる味なのは変わらない。


 確かに、それを彼らに贈るのは何か違う気がする。彼らの営む庭園では季節の果物が採れるし、それらを適切に調理する術を知っている。

 ならば――


「お礼と言っちゃあなんだが、今度海に行かねぇか? この辺じゃなくて、遠いところへな」


 食べ物でなくて、暑さを忘れられるもの。

 それでいて、夏らしいもの。

 辿り着いた答えは海だった。


「私はこれを届けるための手伝いをしたにすぎませんから、お礼なんて――」

「おおっ! 行きたいなー!」


 ヤタの話の途中に花梨が割り込んでくる。

 ヤタは遠慮しているが、彼女は相当乗り気なようだ。


「リンは行きたいのですか」

「うん! いいよねー?」


 こちらから花梨の表情はわからないものの、向日葵ひまわりのように輝いているに違いない。

 こうなるとヤタは彼女の期待を裏切れないはずだ。


「ソラ、大丈夫ですか……?」


 案の定、ソラは申し訳なさそうに聞いてくる。


「あぁ、問題ないさ。花梨にとってはヤタも一緒に来てくれた方が嬉しいだろうしな」


 その後、使い魔と花梨が西瓜を頬張るのを眺めながら、ヤタと海に行く予定を合わせる。俺は色々な場所を提案し、ヤタの意見を聞いて花梨の喜びそうな場所の検討をつける。


 お互いの予定を調整して約束を交わすころには、西瓜はあらかた皮だけになっていた。


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