4 殺人鬼③

「杏奈が気に入ることを言ってあげた。わたしのことを好きになってもらうために。友だちになるために。本当に仲よくなるために。。そのときが来るまで我慢すると決めていたのに……おまえは急に寮から出ていくと言いだした」


 若葉の頬の筋肉がかんしていく。笑顔から無表情に切り替わっていく。それまで大切にしていた恋人や友人に見切りをつけ、見下すときのようなぎょうそうへんじていく。


れた果実はうまいが、何事にも状況ってものがある。果実がじゅくしたタイミングで食えるとはかぎらない。杏奈を殺すなら、この第四女子寮がベストだ。立地、人の目、すべてにおいて、ここが一番。そうとも、モナカの言うとおりだ。なにもかも全部オカルトに言い当てられて腹が立つよ。イライラさせられたけど……結局はわたしが殺すことになりそうだな。まっ、これでよかったんだろ。この手で杏奈を殺せるんだから。モナカも佐絵さんも皆殺しだ」


「転がる死体が多いほど、警察への言いわけも難しくなりますよ」

 モナカが冷静にツッコミを入れた。


「ご忠告には痛みるが、そこはどうにかするさ。いままでのようにな」

 まるきり別人としか思えない若葉なら本当にどうにかしてしまいそうな様子だった。


「この銃は保険だった。にっちもさっちもいかなくなったときのためのな。当初の計画では佐絵さんを殺したあと、電話機のコードと一緒に拳銃こいつも佐絵さんのポケットに移す予定だったんだ。悪党の佐絵さんなら銃を持ってても不自然じゃないからな」


 若葉は自らの犯罪を打ち明けているというよりも、考え事のために事実確認をしたくて、ぶつぶつとひとりで呟いているような口ぶりだった。


「その応用でいくか。佐絵さんが杏奈とモナカを撃ち殺して、その隙にわたしが佐絵さんから銃を奪い取って……正当防衛で射殺した? おっ、意外といいね。よし、これでいく。決まった」


「決まったじゃねえ!」

 激怒した勢いでスレッジハンマーをふりかぶった佐絵が、ぐっと踏みこもうとした。


 若葉は余裕だ。どこ吹く風で、銃口をモナカの額から横へとすべらせていく。銃で狙われた佐絵の動きがぴたりと止また。


「佐絵さん、人殺しに関しちゃバージンなんだろ。わかるんだよ、動きで。杏奈を殺すプランを持ちかけたときも、最後の最後まで嫌がってたしな。人殺しの経験がないやつは必ず肝心の一歩が鈍い。その一歩が勝敗を、生死をわけるのに」


 若葉が拳銃を両手で構えなおした。ドラマや映画みたいに片手で撃とうとしない。ちゃんと銃の撃ち方を知っているからだ。若葉が銃を撃つのは、これがはじめてじゃない。そう思わされた刹那、パンッ――とモナカが両手をたたいた。


「はい、ごらんのとおりです。絶体絶命です。そんなわけで、助けてください」

「はあ? 武藤モナカ、貴様は本気で言っているのか?」

 若葉は大笑いだ。「なにをいまさら!」

「勘違いなさらないでください。若葉さんにはお願いしていません」

 モナカは平然と言い返した。「わたしはにお願いしたのです」

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