3 図らずも当ててしまったもの②

「嘘だと……?」

 佐絵は眉間にしわを寄せた。「嘘!?」


「はい、嘘です。嘘、嘘、嘘。大嘘。佐絵さんはご自身を嘘つきだとおっしゃいましたよね。あなただけじゃなかったんですよ、嘘つきは」

 ぴしりと氷結したみたいに固まった佐絵に向かって、「若葉さんのはこうです」とモナカは言葉を重ねていく。


「まずは佐絵さんに杏奈さんを殺してもらう。その後、若葉さんは展示室内の壁面ショーケースのなかにある工具類を取り出す。みなさんご存じのとおり、ここの壁面ショーケースのなかには元寮生が置いていった物がつめこまれている。ハサミやドライバーがあります。手に取るなら、ハサミですかね。若葉さんはハサミを手に取り、わたし――モナカではなく、


 それは本当のことなのかと問いたげに、佐絵が目をむいて若葉を凝視した。


「杏奈さんが隠し部屋を発見していた場合は、古坂の死体の近くにあった包丁を使ってもいい。どの凶器を選ぶにせよ、――そう見せかけようとした」


 佐絵の上半身がわなないた。赤ずきんのドレスとマントが微かに波を打っている。


「若葉さんの本来の計画では、わたし武藤モナカは殺さないのです。。他方、佐絵さんはあまりにも多くのことを知りすぎている。裏切られたときの代償が大きすぎる相手です。わたしが若葉さんなら、そんな人は」


「おい……! 本当なのか、この話は!?」

 スレッジハンマーを構えた佐絵が、笑ったままの若葉をねめつけた。「答えろ!」


 若葉はなにも答えず、佐絵のほうも見ずにモナカとにらみ合っていた。


「ロングコートのポケットを確認します。固定電話のコードが出てくるはずです」

 モナカが断言する。

「固定電話のコードを引き抜いたのは若葉さんですからね。佐絵さんではなくて」


 どうしてそこまで断言できるのだろう? そんな心の声が杏奈の顔に出ていたらしい。

「わたしは先ほど、こう申しあげた」モナカが杏奈に言った。「若葉さんは佐絵さんが予定よりも早く大学から帰宅していることを知られたくなかったと」

「……ああ、そっか」

 言われてやっと杏奈も気がついた。


「固定電話のコードは管理員さんが退勤してから、わたしと若葉が展示室に入るまでの時間帯に引き抜かれたんだよね。だけどその時間、佐絵さんはまだ大学にいる。そう思われている。そんな人と寮内で出くわしたら、警告文の件で疑心暗鬼になっているわたしは、佐絵さんのことを怪しいと思ったはず。ルビーリング探しを中止にするかもしれない。実家に帰るのも一日前倒しにするかも。そんな事態をさけるためにも、佐絵さんは自室に隠れていた。わたしが展示室内にピン留めされるまで。だから、だから……」


「そのとおりです」

 言葉が喉につまって声が出づらくなった杏奈に代わり、モナカがしゃべりはじめた。


「佐絵さんは姿を見られないように自室で待機していた。今回の件、犯人は佐絵さんと若葉さんのおふたりです。。よって、電話機のコードを所持しているのは若葉さんです」


 モナカは鋭い語調でつづける。


「もう一度言います。若葉さんの真の計画は、正当防衛に見せかけて佐絵さんを殺すことです。ハサミで佐絵さんを刺し殺す。勢いあまって相手を押し倒したようなふりをして、そのどさくさにまぎれて、若葉さんのポケットから佐絵さんのポケットへと電話機のコードを移す手はずだった。

 あるいは念には念で、若葉さんは佐絵さんを刺し殺したあと、こう言うつもりだったのかもしれません。『モナカ、救急車! 杏奈、まだ生きてるかも。佐絵さんだって……』とかなんとか、そんなことをね。

 若葉さんは正当防衛とはいえ、佐絵さんを刺し殺して混乱している。わたしはそんな若葉さんに同情しつつ、いったん展示室を出て、スマホの電波が入る地上一階へと向かう。若葉さんはその隙に電話機のコードを自分のポケットから佐絵さんのポケットに移す――そういう計画だったのでは?」


 若葉は答えない。「答えてやれよ!」と佐絵にえられても無言だ。


「若葉さんが引き抜いたコードを佐絵さんに渡していた可能性もわずかながらにあると思っていましたが、この佐絵さんの態度からして……なさそうですね。そりゃそうか。万が一にも、なくされたりしたら困りますからね。じゃ、これで決定。電話機のコードは若葉さんが所持している。ポケットの中身、確認させてもらいます。それが一番早いので。許可はもらいません」


 ぜんと言い放ったモナカが、草履の爪先を若葉に向けた。


「コードが出てこなかったら、どうぞ煮るなり焼くなりしてください」

 モナカが一歩踏みだした。


「面倒臭い連中だな」

 小声で言って、若葉が左手をロングコートのポケットに突っこんだ。コードが……出てきた。電話機のコード。展示室の固定電話のコードが……。


 若葉が手を離すと、コードが床へと落ちて、杏奈は心臓をつぶされたような気分だ。


「残念だ」

 若葉が右手をポケットに入れる。コートのポケットから、さらにとんでもない物が出てきた。寸前の電話機のコードをしのぐほど絶望的な物が。

「本当に残念だよ。

 つづけてそう告げた若葉のコートのポケットから、銃身の短い小さな拳銃が出てきた。

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