2 杏奈の疑問③

「わたしが大学にいた佐絵さんを呼び戻した? へえ……モナカのデタラメな推理にあえて付き合ってあげる。わたしが佐絵さんの共犯者だとして、どうやって大学から呼び戻したっていうの? 電話? メール? SNS? どれでもいいけど、。たしかめてくれてもいいよ」


 若葉の声には隠すつもりなど毛頭ない怒りがこもっていた。


「だいたいさあ、杏奈を殺すんだから死体が転がるわけだよね。警察が捜査することになる。仮にだよ、わたしが佐絵さんに〈大学から戻ってこい〉なんてメッセージを送っていたら警察が怪しむよ。電話なら通話の内容はわからないにしても、電話のあとで佐絵さんが休講でもないのに寮に戻ってきていたら、それはそれで怪しいよ。超怪しい。疑われる。あれこれ調べられる。わたしが犯人なら事件後に疑われるような、そんな真似はしない」


 若葉の反論は……もっともだと思わされた。そうだ、もっと反論してほしい。否定してほしい。もっともっと。そうすれば、心おきなく友人の無実を信じられるから。


「モナカの話を聞いてるとさ、ずいぶんと用意周到に杏奈を殺そうとしているみたいじゃない。そこまでできる犯人が、佐絵さんを呼び戻すのに凡ミスを犯すかな。わたしが佐絵さんの共犯者ならそんなことはしない。っていうか、最初に言ったように、そもそもわたしは今日、佐絵さんと連絡を取り合ってないの。だから、わたしは――」


せつべんですね。若葉さん、あなたが佐絵さんの共犯者ですよ」

 モナカはにべもなく若葉の声に押しかぶせた。


「警察に怪しまれずに連絡を取り合う方法など、いくらでもあります。たとえば、SNSに〈今日は天気がいいな〉とでも書きこみましょう。文末には笑顔の絵文字をひとつ加えます。笑顔の絵文字といっても何種類かありますよね。共犯者の佐絵さんには前もってこう言っておくのです。

 ある特定の絵文字が若葉さんのSNSに出てきたら、それは緊急事態を意味している。外出していても速やかに寮に戻ってこい――ってね。

 これはあくまでも一例にすぎません。笑顔の絵文字ではなく、別の絵文字かもしれない。絵文字ではなく顔文字かもしれない。絵文字の種類ではなく、数かもしれない。なんにせよ、若葉さんと佐絵さんが事前に取り決めておけばいいだけのこと。暗号を、ちょうを」


 そうか、そういう手もあるのか……。


「バカ正直に〈突然だけど杏奈を殺すことにしたから帰ってこい〉なんてメッセージを送るわけないですよ。。SNS全盛期の昨今、特定の文字などに若葉さんと佐絵さんにだけわかる意味を持たせておけば暗号は成立します」


 杏奈はやっと若葉のほうを見ることができた。友人の顔の中心にしわが寄せ集まっている。さっきよりも、もっと怒っている。濡れ衣だから? それとも、図星だから……? 


「たしかめてくれてもいい、と言いましたよね? じゃ、貸してください、若葉さんのスマホ。拝見させてください、若葉さんがやっているSNSを」


 モナカが差しだした手を広げた。杏奈はふたりを交互に見る。若葉が舌打ちした。舌打ちしただけだ。若葉はモナカに……スマホを渡さなかった。


「若葉さんと佐絵さんに忠告してさしあげます」

 ふっと笑ったモナカが差しだしていた手を元に戻した。

「無駄なこうべんはやめなさい。失敗したんですよ、あなた方は。このわたし武藤モナカが、おふたりの犯罪計画を見破ったために」


「モナカ、教えて。わたしがなんで殺されないといけないの!?」

 杏奈はいまにも泣きだしそうな調子でたずねた。


、きっとね」

 モナカは心底気の毒そうな表情になる。


「当てた? 当てたって……なにを?」

「かつて杏奈さんが執筆した小説があるでしょ。わたしにも話してくれたじゃないですか。主要登場人物の名前がX、Y、Zでしたけど、あれです」

「あれが……え?」


 杏奈はモナカの言わんとしていることが全然わからない。「あれが、なんなの?」


「杏奈さんが高校生のころ、実在の事件をモデルにした小説ですよ。杏奈さんが脚色したフィクションの部分、Zなる黒幕が出てきたでしょ。あれですよ、あれ。。杏奈さんはフィクションのつもりで書いたのに、んです」

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