2 杏奈の疑問①

 脅されている? 

 杏奈が真偽を問う目を向けても、佐絵は頑固に口を閉ざしたままだ。


「佐絵さんの次にあの隠し部屋を発見したのは若葉さんです。みんなで一緒に飲んだとき、佐絵さんは謎のアルファベットのことを教えてくれた。教えてくれた理由に関してはすでに説明したので省きます。あれからほどなくして若葉さんは台座の謎を解き、隠し部屋を発見した。わたしや杏奈さんよりも早く。氷沼紅子の『回想録』に真っ先に目をつけたのも若葉さんでしょう。わたしたちが想像しているよりもはるかに賢い人なんですよ、若葉さんは。


 若葉が、極悪人? 極悪人の冷たい響きが、ずきずきと杏奈に鈍い頭痛をもたらした。


「信じないで、絶対!」

 若葉は杏奈を見すえ、無実を訴えかけてくる。若葉の瞳が震えていた。まるで幼い子どもの目だ。必死に親にすがりつく、あどけない子どものような目で……これが演技? 


 若葉とは高校はちがうけれど、塾で知り合った。若葉があとから――高校三年の四月に塾に入ってきたのだ。それ以来の仲で、ずっと友だちで……。


 杏奈は深呼吸した。若葉が嘘をついていない、と仮定する。その場合、モナカのほうが嘘つきだ。モナカが嘘つきなら、どうして嘘をつくんだろう……? 

 そのモナカだけが、ひたすら冷静だった。


「隠し部屋を発見した若葉さんは、古坂の死体と彼のスマホも発見したのです。そのとき、スマホのバッテリー残量はゼロだった。若葉さんが古坂のスマホを充電したのです。だから先ほど、わたしが電源を入れたら、ふつうに使えた。

 若葉さんは古坂のスマホに保存されていた動画を視聴し、佐絵さんの正体を知った。若葉さんは佐絵さんを脅しつけた。わたしの言うことを聞け、と。杏奈さんを殺す手伝いをしろ、と。したがわなければ、おまえの正体をバラすと脅迫したのです」


「オカルトの小娘がデタラメを言う。わたしは――」

「デタラメではありません」モナカが若葉の反論をさえぎった。「事実です」


「でもさ」杏奈は戸惑うばかりだが、ふと疑念が頭をもたげた。「その古坂のスマホの動画、佐絵さんにとっては都合が悪すぎるよね? 佐絵さん自身が映っているんだから。なんで削除しないの?」


 動画を消すなんて一瞬だ。面倒なことなど、なにひとつとしてない。専門業者なら削除した動画の復活も可能かもしれないが、それならスマホごと海か沼にでも捨てればいい。別に難しいことじゃない。杏奈が思いつくままにそう言うと、「スマホを捨てられるわけがありません。動画の削除などもってのほかです」とモナカは即座に反論してきた。


「古坂の死体があるんですよ。他殺死体が」

「……だから?」と杏奈は小首をかしげた。


「わかりませんか? 八年前、佐絵さんはトロリーバッグに宝石と現金をつめこんで逃げました。本来、そのバッグにつめこむはずだった古坂の死体を展示室の隠し部屋に放置して。古坂が失踪して事件が事実上の終幕を迎えた結果、村木の裏の人脈のすみずみまでは――たとえば愛人関係などは捜査されなかったのでしょう。

 しかし、古坂の他殺死体が発見されたら、捜査はやりなおしです。徹底的に人間関係を洗いなおすでしょう。捜査線上に佐絵さんの名前が出てくるのは時間の問題です。

 そうなったら、佐絵さんが古坂を殺した犯人だと考えられてしまうかもしれない。それどころか、村木と依田まで葬り去った殺人犯だと誤解されてしまう可能性もなきにしもあらずです。なにせ佐絵さんは、八年前の事件の共犯者ですからね。現金と宝石まで盗んでいます。そこまで突き止められたら、有力な〝真犯人〟候補ですよ。

 でも、佐絵さんはバカではありません。そうなった場合のこともちゃんと想定していた。。警察が佐絵さんにまでたどり着いたとしても、。動画を削除するメリットよりも、動画を残しておくメリットのほうが上回ったのです」


「ああ……」

 杏奈はおもわず深々と息をもらした。言われてみれば、そのとおりかもしれない。

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