6 動画②

「わたしが、しくじったらしいな」

 小バカにしたように佐絵が笑う。自分で自分をわらった顔だ。


「佐絵さんは八年前、ルビーリング以外の宝石と三億の現金を手に入れました。隠し部屋でね。そして裕福になった。あなたはそう言った」

 モナカが話をつづける。


「おそらく佐絵さんは、宝石と現金三億をトロリーバッグにつめこんで女子寮から出たのでしょう。。防犯カメラの録画映像に映っていたトロリーバッグは、ずいぶんと大きかった。小柄で華奢な古坂なら余裕でつめこめたはず。死体ですから、手足をどんな具合にねじ曲げてもいいですしね」


 マリオネットのように手足が変な方向に折れ曲がった古坂の死体を想像してしまい、杏奈の胃のあたりがざわついた。


「しかし佐絵さんは、ここで計画とは異なる行動に出ました。古坂の死体をバッグにはつめこまなかったのです。その代わりに、大量の宝石と現金をつめこんだ。

 本来、バッグにつめこむはずだった古坂の死体は、隠し部屋に放りこんだ。寝袋に入れて、タオルで顔も隠して。寝袋に入れた理由は、死体を移動させる際に、刺し傷から流れ落ちた血液によって移動経路がバレないようにするためでしょう。タオルで顔を隠した理由は、単純に死体の顔を見たくなかったからかもしれませんね。

 隠し部屋にあった包丁は、依田が古坂を刺殺したときの物だと思います。古坂が村木と依田を殺害した包丁は現場に――一階の元管理人の住戸のリビングダイニングに残しておいた。この状態で、佐絵さんが古坂に変装して女子寮から出ていくと、どうなるか。

 防犯カメラにその姿を撮影させておけば、古坂が村木と依田を殺害したあとに逃亡した――そんなふうに見せかけることができる。警察の関心は古坂に一点集中。捜査の手が佐絵さんにまでおよぶ可能性は低くなる。、八年前の事件の夜にね。

 佐絵さんは女子寮から出ていく前に、当時は防犯カメラの死角になっていた窓を施錠した。そうすることで、外部から侵入した者はいない、村木と依田を殺したのは内部犯だ。警察にそう思わせることができます。これで古坂が行方をくらましたら、彼が犯人で確定です。誰もがそう考えます。警察ですらね。佐絵さんが考えたこの罠に警察はまんまと引っかかった。

 しかしながら、古坂の死体は隠し部屋に放置したままです。彼のスマホも。寮生が隠し部屋を発見してしまう恐れは常にある。。うちの大学に入れる程度の学力が元からあったのか、もしくは、村木の愛人だったのだから、試験問題を事前に入手できていたのかもしれませんね。

 村木が若い愛人を、自分の縄張りである第四女子寮に入寮させようとする――ありうることだと思いますから。寮生をクスリ漬けにして、売春させるための手駒として、佐絵さんを使うつもりだったのかもしれません」


 佐絵は反論しない。冷たい笑みを刻みつけているだけだ。この反応からして、後者が正解か。下劣な役割を押しつけられかけた過去への嫌悪、そんな苦笑いに見えた。


「寮生になった佐絵さんは、タイミングを見計らって死体を寮の外に移動させたかったはずです。古坂の死体は、女子寮近隣の森に埋めるなりなんなりしたかった。しかし、その姿を見られるリスクを考えると、なかなか踏みきれなかった。あまつさえ、事件のせいで防犯カメラが増設され、そのせいで、寮に出入りする者は必ず撮影されるようになってしまいました。

 他方、いわくつきの第四女子寮からは寮生がどんどん退去していく。過疎化の一途をたどる第四女子寮は、やがて取り壊されることになった。

 そこで佐絵さんはこう考えた。第四女子寮の退去期限ぎりぎりまで寮生をつづけよう、と。他の寮生がいなくなるまで根気強く待とう、と。そうなってから、古坂の死体を外に運びだして処分しよう、と。

 そうすれば、古坂の死体を運びだす姿を目撃される恐れは、かぎりなくゼロになる。佐絵さん以外の寮生は――たとえば、わたしなんかはそうですけど――四月の新年度がはじまるまでに引っ越し先で落ちつきたいはずです。三月末ぎりぎりまで寮にとどまる可能性は低い。佐絵さんは寮生が自分ひとりになってから、死体を外にうんぱんするつもりだった。

 死体は大きめのトローリーバッグにつめこめばいい。八年前に村木に命じられたようにね。死体の運搬を退寮と同時に行えば、なおよしです。手荷物が多かったり、大きな荷物を持っていたとしても不自然だとは思われませんから」


 三月末ぎりぎりまで寮にとどまる可能性は低い、というモナカの意見に杏奈は同意する。若葉も同じだろう。だけど……杏奈はこのとき、ふと疑問に思って訊いてみた。


「八年前、宝石と現金は別の鞄に入れて、トロリーバッグには当初の計画どおり古坂の死体を隠して女子寮から出ていく――どうしてそうしなかったんだろう?」

「佐絵さんがそうしなかった理由は、死体の処分に困るからです」

 モナカの返答は早かった。


「村木の佐絵さんに対する信頼は、共犯者にするほど厚かったものの、当時の佐絵さんは高校生です。最終的な死体の処分を高校生ひとりにやらせるとは思えません」

 ああ……そっか。モナカの言うとおりだと思った。


「親はいないと、さっき佐絵さんは言いました。村木の愛人だったのなら、彼に住居を提供してもらっていた可能性があります。古坂の死体は、その住居まで運ぶ予定だったのでは? あとは村木が処分する。そのはずが、肝心の村木が殺されてしまった。予定は狂い、死体の処分に困った佐絵さんは、仕方なく隠し部屋に死体を〝保管〟することにした」


「正解だ。なんでもお見通しなんだな」

 佐絵がいきなりスレッジハンマーをふり上げた。「その場にいたみたいじゃねえか。お見事すぎて気味が悪いよ。そんなモナカちゃんに質問したい」


 垂直に下ろしたスレッジハンマーを、モナカの頭にふれる寸前で止めてみせた。


「ルビーリングがどこにあるのか、わかるか? 知ってるなら答えろよ」

「わたしなりの見解ならありますよ」

「この重たいハンマーがおたくの賢い脳味噌に落ちる前に答えたほうがいいと思うよ」

「では、取り引きしませんか?」

「取り引きだと……?」


 怪訝そうに眉をよせた佐絵と同じことを、杏奈も心のなかで呟いた。取り引き? 


「悪くない取り引きだと約束してあげます」

 笑ったつもりなのか、モナカの頬がわずかにゆるんだ。「このモナカ、。あなたがまだ打ち明けていない秘密をね」

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