6 動画①
学生を食い物にしていた極悪人、村木康志。どうやらその村木らしい男が震えながら何事かしゃべっている。動画には映っていないけれど、古坂とおぼしき男の声も聞こえた。
――九億のルビーリングは?――
きつい口調でそう質問したのが古坂らしい。
――まずは、赤い目の鳩の彫像だ――
顔中が脂汗でべっとりの村木が答える。
――その彫像の、台座の時計の短針を、六回だ、反時計回りに回せ――
杏奈が解いた台座の謎のことをしゃべらされている。
動画は、古坂が左手にスマホを持って撮影したもののようだ。古坂が右手に持った包丁が、ちらちらと映りこんでいた。
――そいつも寄こせ! カメラだよ、ボールペンの――
古坂に怒鳴りつけられた村木が上着の胸ポケットに
カメラの――と古坂は言った。ボールペン型の隠しカメラか。しかもこのボールペン……古坂の死体の胸ポケットに入っていたボールペンだ。
――村木さん、あんたはいつも動画で録画の状態にしてるからな、この変態が――
ボールペンをひろう古坂の手が映りこんだ。
そういえば、祖父の本にもこの手の隠しカメラがいくつも出てきたっけ。ボールペン型だけでなく、ボタンに偽装した物、小さな穴をあけた服の内側に小型カメラを貼りつけ、穴の部分にレンズを持ってきて盗撮する方法など多種多様らしい。むろん、村木の場合はろくでもない理由でボールペン型隠しカメラを胸ポケットに挿していたのだろう。
古坂がそれを寄こせと命じた理由は、このやり取りを録画されているかもしれないと思ったからか。事件後、警察に回収されるのを嫌がったのかもしれない。
「ごらんのとおりです」モナカが動画を一時停止にした。「古坂は村木からルビーリングの隠し場所を訊きだした。それが終わったあとで殺したのです」
動画の一時停止が解除される。村木殺害後に、古坂も突然うめき声を発した。動画がブレる。包丁を手にした女の顔が映りこんだ。依田友子だ。
その直後に今度は依田が、即死ではなかった古坂に反撃されて刺し殺された。
カメラが床に落ちる。人が倒れる音。古坂が倒れた音だ。
「全員、死にました」
無表情でモナカが告げた。「この時点で、床に落ちた古坂のスマホは録画状態のままです。ここから早送りします」
動画が倍速で進んでいく。人の顔が映りこんだ。八年前の高校生のころの佐絵が。いまよりもずっと若くて、やや幼い。モナカが動画を少し前に戻して倍速を解除した。
――マジかよ――
八年前の佐絵の声。
――みんな……死んでるじゃねえか――
床のスマホに気づいた佐絵の顔面蒼白が動画に映りこんだ。佐絵がスマホに近づいていく。そこで映像はぷつりと途切れた。
この動画から八年後の佐絵は、柄の長いスレッジハンマーを構えて、気味の悪い赤ずきんのコスプレ衣装を身にまとっている。
「これが八年前の事件の真相です。八年前、佐絵さんは古坂たちが殺されている現場でこの動画を視聴した。村木は動画のなかで台座の時計の針を回す回数だとか、そのような答えしか言っていません。問題のほうは省略しています」
問題? 村木の手帳に残されていた謎のアルファベットのことか。
「ああ……それで!」
杏奈はぽんっと手を合わせた。佐絵があのアルファベットのことを杏奈たちに教えてくれた理由がわかったからだ。
「杏奈さんも気づかれたようですね。そう、佐絵さんは〝答え〟のほうしか知らなかったのですよ」
話をつづけるモナカに、杏奈は力強くうなずいた。
「村木が動画で語っていたのは答えだけです。佐絵さんは八年前、展示室か書斎かは知りませんが、そのどちらかで村木が動画で語っていたとおりに台座の時計の針を回して、隠し部屋を出現させたのでしょう。
その時点で、すでにルビーリングはなかったのだと思います。ルビーリングだけが見つからなかった――佐絵さんはそう言っていましたが、それは事実だったのです。
村木は古坂に嘘を教えたのではないか。ルビーリングの本当の隠し場所があるのではないか。佐絵さんはそう考えた。その本当の隠し場所のヒントとして、村木の手帳に書かれていた謎のアルファベットに目をつけた。これを
しかし佐絵さんは、アルファベットの暗号を解けなかった。
われわれがこの第四女子寮に滞在できる期間は残りわずか。来年の三月末日まで。その後、寮は更地にされ、地上と地下に工場が建設されてしまう。そうなると、寮が解体されるついでに、ルビーリングも一緒に
それだけはさけたかった佐絵さんは、とうとう他の寮生の知恵も借りることにした。村木の手帳に残されていた暗号――問題のほうを、われわれにも教えてくれた理由がそれです。まさかその暗号の答えを、すでに知っているだなんて夢にも思わずに」
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