5 事件の真相

「八年前、事故に見せかけて殺された吉野りんか。しかし警察は、彼女の死が他殺かもしれないと疑いはじめました」


 佐絵の挑発を受け入れたモナカが淡々としゃべりだした。


「焦った村木と依田は、古坂ひとりに罪をなすりつけようとします。むろん古坂が素直にそんなものを受け入れるわけがない。仲間の裏切りに絶望した古坂が、警察に全部ぶちまけるかもしれない。村木と依田は、はなから古坂を殺すつもりでした」


 古坂の死体は実在した。古坂の上半身のセーターには刃物で刺されたような切れ目が何ヵ所もある。死体のわきには血痕が固着したような包丁も。

 古坂が殺害されたのはまちがいない。


「村木と依田は、古坂の私室から吉野りんか殺害の証拠が出てくるように偽装工作します。しかし、そうやって古坂ひとりに罪をなすりつけようとしたとしても、古坂の死と彼の死体が周知されてしまうと不都合なことになる。自殺か事故に見せかけて古坂を殺害したとしても吉野りんかのときの二の舞になるかもしれないからです――今回の事件にも別の真相があるのではないか、警察にそう疑われるかもしれないわけですよ。

 そこで村木と依田は一計を案じた。古坂の死体を隠して、古坂本人は行方不明にする。そうすれば、古坂は吉野りんかの死の真相を警察に見抜かれそうになったために逃亡したのだ――そう思わせることができる。

 のです。そうでしょう? 村木は佐絵さんに、ある重要な任務を与えていた。

 事件当夜、一階のどこかの窓の鍵が、あらかじめ解錠されていた。いまでこそ最上階の屋根にカメラを設置してレンズを下に向けることで各部屋の窓の外も撮影範囲内におさめていますが、八年前の事件のころはそうではありませんでした。カメラの死角だった。したがって、たとえば一階の書斎の窓を使えば、女子寮に出入りした証拠映像は残らない。八年前、佐絵さんは防犯カメラの死角になっている窓から寮に侵入したのでしょう?」


 佐絵は軽く眉を上げただけで答えない。モナカは話をつづける。



 古坂のふり? 杏奈は一瞬固まってから、「……ああ」と嘆息した。そうか、そういうことか。杏奈も古坂の死体を発見した直後に似たようなことを考えたのに忘れていた。杏奈は、古坂のふりをした吉野りんかの幽霊がカメラに映りこんだのではないか、というバカげた妄想をしてしまったのだが、真相はそんなオカルトではなかったらしい。 

 八年前の事件当夜、防犯カメラの録画映像に映っていたのは、ニット帽をかぶり、サングラスをかけ、マスクもして、体型のわかりづらいロングコートを着ていた人物だ。逃亡する身の上になった古坂なら、素性を隠すために、そんな誰だかわからない変装をしていても不自然ではないと警察にもマスコミにも考えられていたが、あのとき実際にカメラに映っていたのは、! 


「佐絵さんの身長は一六二センチ。八年前、佐絵さんは高校三年生でした。この時点で身長もそれくらいはあったのでしょう。当時からスレンダーだったのでは?」

 モナカが訊いても、相変わらず佐絵はなにも答えない。


「佐絵さんは村木からの信頼も厚かったのだと思います。そのうえ、古坂と同じく細身です。古坂の身長は一六〇センチ台前半、佐絵さんとあまり変わらない。だからこそ、村木は佐絵さんを事件の共犯者にしたのかもしれません。。佐絵さんへの報酬は弾んだはずです」


 杏奈が佐絵の表情をうかがうと、彼女は笑っていた。肯定とも否定とも受け取れるような笑顔だ。


「佐絵さんは村木に指示されたとおり、古坂に変装して女子寮から出ていった。防犯カメラに映りこむために正面玄関からね。そこは当初の計画どおりだと思います。しかし、そうなる前の段階――佐絵さんが女子寮に到着したときに、想定外の事態が発生していた」


 モナカが推理をつづける。佐絵の笑顔に微かな亀裂が入った。


「当初の計画では、古坂の死体だけが転がっているはずでした。ところが、村木と依田も死んでいた。ふたりを殺したのは、報道されたとおり古坂でしょう。

 古坂が村木と依田の計画に気づいて殺害したのです。その際に反撃されて同士討ちになった。よって、現場から古坂の血液も検出された。

 佐絵さんは、最初は混乱したはずです。しかし、その場に古坂のスマホが落ちていた。スマホは動画を録画している状態だった。そうではありませんか?」


 モナカがポケットから取りだしたスマホを掲げた。古坂の死体のわきにあったスマホだ。

「拝借しました。古坂のスマホだと思います」

 その古坂のスマホが事件当夜、動画を録画している状態だったとなぜわかる? 


「すげえな、おまえ! マジでよ」

 佐絵はすっかり感心していた。「モナカちゃんの言うとおりだ。なんでわかった?」


「わたしの推測では、古坂はまず村木を殺そうとしたはずです。依田も裏切り者ですが、長年の恋人でした。多少は情が残っていたのでしょう。どのみち、もとの生活には戻れない。古坂は村木を殺すと決めた時点で逃亡するつもりでいた。そのため、逃亡資金が必要だった。ゆえに古坂は、氷沼紅子のルビーリングのありかを村木に問いただした。包丁を突きつけながら。

 形勢は古坂に有利だった。古坂が先手を打ったのかもしれません。古坂を殺すつもりが、その古坂に殺される寸前まで追いこまれた村木は、命ごいをした。九億円のルビーリングのありかを教えるから助けてくれ、と。

 おそらくはそのようにして、古坂はルビーリングの隠し場所を訊きだした。氷沼紅子のルビーリングは、地下展示室の隠し部屋に保管されていたはずです」


 え、でも……と杏奈は首をかしげた。

 。八年前の時点ですでに超高級ルビーはなかったと、佐絵もさっき証言したばかりだ。


「村木からルビーリングの隠し場所を訊きだす際に、いちいちメモを取っていたら、その隙に相手に反撃されるかもしれない。そうならないように、のです。この方法なら、古坂は包丁を突きつけたまま村木から目をそらさずにすむ」


 モナカが古坂のスマホの電源を入れた。

 ディスプレイが……光った。起動した! 


 杏奈はのけぞりそうになる。電源がオフのままでも自然放電で電池は減少するはずだ。八年も放置されていたスマホが起動するとは思えない。


」と、モナカが言った。


 充電。それはそうだろう。だから起動したんだろうけど、誰がやったの? 


「事件後、何年ものあいだ電源は切られていたはずです。警察に位置情報を探られないためにね。ほとぼりが冷めるまでそうしていたはず。だから最近ですよ、このスマホが充電されたのって。充電した理由は……これを観るためでしょう」


 モナカが古坂のスマホを操作して、ディスプレイに動画を表示した。

 動画に映っていたのは――氷沼女子大学の前理事長、村木康志だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る