3 赤ずきんの正体? ③
「では、話を戻しましょう。――わたしが赤ずきんの衣装を着用したとき、ドレスとマントのすそは草履とくるぶしの中間の位置にありました。床には着いていません」
モナカは不気味な沈黙を保つ赤ずきんの足もとを指さした。杏奈も赤ずきんの足もとを見る。赤黒いドレスとマントのすそが、わずかに床に接しているのをあらためて確認した。
「第四女子寮で最も背の高い学生が若葉さんです。一七〇センチぐらいですよね。次に吉野りんか先輩、一六八センチ」
待て待て、と杏奈は思った。故人を持ちだす必要はないだろうと思ったけど、モナカは信じている。吉野りんかの幽霊の実在を。いまさらツッコんでも仕方がないか……。
それに、と杏奈はつづけて思った。たしかに吉野りんかの身長は一六八センチだ。美人の彼女は生前に何度もファッション雑誌に掲載されていた。一般人を呼び止めて撮影した写真を掲載するコーナーに。そこに被写体の身長も載っていたのだ。
りんかの死後、事件について報道した週刊誌もそのファッション雑誌の当該記事を転載している。杏奈はそれをスクリーンショットしていた。幽霊の実在を証明したいモナカも、吉野りんかの情報を収集する過程で目を通したのかもしれない。
「次にわたし、モナカが一六七センチ。寮生のなかで最も背が低いのが、杏奈さんです」
そうだ。杏奈は一五八センチ。
「佐絵さんの身長は、わたしと杏奈さんのあいだぐらいでしょう。一六二センチだったはずです」
見た感じそのくらいだし、佐絵本人も一六二センチだと前に言っていた。
「赤ずきんの正体が仮に、わたしモナカよりも背の高い若葉さんか吉野りんか先輩だったとしたら、ドレスとマントのすそが床をこすることはありえないはずです。屈んだりしないかぎりはね。屈むどころか、あの赤ずきんは体をまっすぐ伸ばしたような直立不動の姿勢のときでさえ、ドレスとマントのすそをわずかながら床に着けている。ゆえに、わたしモナカよりも背の高い若葉さんと吉野りんか先輩は、鳩の顔の赤ずきんではありえない」
そのとおりだ。吉野りんかにまで言及する必要はないと思うけど。
「わたし、モナカよりも背の低い人物が赤ずきんの衣装を着て、すそが床に着かないとしたら、それは靴底の厚いブーツなどをはいている場合でしょう。もしくは、肉厚で横幅の広いがっちりとした体型の人なら、このモナカよりも背が低かったとしても、恰幅のよさが身長差を相殺して、床にすそが着かないかもしれません。しかし……」
モナカの視線が赤ずきんの靴に落ちる。底の薄い、ぺたんこのフラットシューズに。
「わたしの草履ほどではありませんが、あのフラットシューズをはいたところで身長の水増しは、ほぼほぼありえないはずです。また、ここの寮生は多少の個人差はあれど、みんな細身です。わたしモナカよりも背が低いにもかかわらず、赤ずきんの衣装のすそが床に着かないような、身長差を相殺できるほど、がっちりとした体型の人はいません」
杏奈は何度も何度も小さくうなずいた。モナカの話は理路整然としている。
「以上のような事実をもって、杏奈さんを襲撃したスレッジハンマー持ちの赤ずきんの正体が誰であるのか、そのことを論理的に指摘するための下地が整いました。
鳩の顔の赤ずきんは、わたしモナカよりも身長の低い寮生である。
わたしモナカよりも身長の低い寮生は、杏奈さんと佐絵さんのふたりだけである。
このふたりのうち、杏奈さんは赤ずきんに襲われている。
よって、杏奈さんは鳩の顔の赤ずきんではありえない。
赤ずきんの正体はもちろん残ったひとりである。
その残ったひとりは黒島佐絵さんである。
しかるがゆえに、佐絵さんが鳩の顔の赤ずきんです」
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