3 赤ずきんの正体? ①

 佐絵? 背後の人物は、いまたしかにそう言った。

 鳩の顔の赤ずきんは……無反応だ。


「佐絵さん、スレッジハンマーなんて物騒な物は下ろしたらどうですか?」

 それに、この声は……。杏奈は可能なかぎり首をうしろにひねった。「モナカ!」


「はい、モナカです。大丈夫ですか、杏奈さん? 人生の瀬戸際っぽいですよ」

 黒髪の姫カットにメガネ、寝間着にしているスウェットのセットアップに草履、いつもの格好のモナカが背後から杏奈を支えてくれていた。


「モナカが……どうして?」

 杏奈は彼女に礼を言ってから少し離れた。


「どうして?」懐中電灯のライトを消したモナカは、冷たい目で赤ずきんをにらみつけている。「どうして天井から下りてきたの? どうしてあの赤ずきんは佐絵さんなの? それらの意味をこめた、どうして、ですか?」


 杏奈も赤ずきんから目を離さない。

「そうだけど、あの赤ずきんが佐絵さん? 本当に?」


「台座の謎を解きました」

 杏奈の質問を無視したモナカは、赤ずきんをにらみすえたまま腕を背後に伸ばして指さした――螺旋階段の先の天井を。天井の一部がふたのようにひらいて扉のようになっている箇所を指さしながら、「あの階段の先は一階の書斎です」と語を継いだ。


 書斎か……。見取り図を作ったら、たしかに展示室の真上は元管理人の住戸になるだろう。その住戸の北西のはしに書斎がある。隠し部屋も展示室の北西のはしっこに位置している。展示室からはみ出ている隠し部屋の部分が書斎とつながっていたのか。


「書斎に引き出しがありますよね。展示室の台座のミニチュアを載っけている引き出しが」

「高さはないけど、奥行きがあって、引き出しの天板と台座が固定されてるやつだよね」

「そうです。杏奈さんも自力で、あのアルファベットの謎を解いたんですね。わたしは書斎で、杏奈さんは展示室で。解き方は同じでしょう」


 そのようだ。

 モナカの話によると、書斎の場合は背の低い引き出しが上に高く迫りあがって、屈めば大人でもじゅうぶん入れそうな空間が現れたらしい。現れた空間の床には扉がついていた。その床の扉と、隠し部屋の螺旋階段がつながっていたのだ。


「わたしにもまだ運があるのかな。モナカが同じタイミングで台座の謎を解いてくれて、いま一緒にいてくれて助かってる。ありがとう、さっきは支えてくれて」

 黙然とこちらの様子を窺っている赤ずきんを警戒しつつ、杏奈はモナカにお礼を言った。


「礼にはおよびません。それにここでの出会いを、わたしはぐうとは思っていません」

「そうなの?」


「杏奈さんがわたしの助言を受け入れて寮から出ていくと決めた場合、冬期休暇中にそうするだろうと予測しました。善は急げですし、いったん実家に帰るにはちょうどいいタイミングでしょう。とはいえです。わたしが助言した結果とはいえ、杏奈さんに寮から出ていかれると、さびしい。わたしは杏奈さんのことが嫌いではありませんから」


 モナカがそんなふうに思っていてくれたなんて意外だ。死ぬかもしれないこんな状況でなければ照れていたかもしれない。


「そこでこのモナカ、杏奈さんのために本気でルビーリング探しを行う決断をいたしました。わたしは本日の午前中に冬休み前の全日程を消化。明日から――より正確に言うなら本日の午後から冬休みです。うちの学生の大半がそんなものでしょう」

 だと思う。杏奈もそうだから。


「冬休みに入ったので、さっそくルビーリング探しに取りかかった次第です。真っ先に目をつけたのは四つの台座とそのミニチュア。実に怪しいですから。そこでまずは一階の書斎のミニチュアを調べ、それが終わったら地下展示室の台座を調べる計画を立てました」

 この順番にさしたる意味はないそうだ。モナカの部屋から近い順らしい。


「書斎のある元管理人の住戸の鍵を借りるにしても、管理員さんから借りるよりは、管理員さん退勤後に自分で持ちだしたほうが気兼ねしなくていいですから、そうしました」

「わかるよ。わたしも似たようなものかな。そう考えると、モナカの言うとおり、台座の謎解きのタイミングが重なったのは、そこまで偶然じゃなかったのかもね」


 杏奈の場合は赤ずきんに追いつめられたことで台座の謎を解いたわけだが、若葉と一緒にじっくり考えていたとしても、今夜中に同じ結果にたどり着けたかもしれない。

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