2 赤ずきんの姿勢

 ひらいた天井の一部に向かって、杏奈は首を突きだした。向こうは懐中電灯を持っているらしい。下りてくる人物を見定めようとしたものの、杏奈の視界がライトの白っぽい光に埋めつくされて、ひどくまぶしい。反射的に手をかざして顔をそむけた拍子に床の寝袋と、そのなかの白骨死体――古坂一郎だろう――をまた見てしまった。


 展示室のほうから音がする。赤ずきんが眼前のショーケースを移動させている音だった。とうとう展示室内に入ってきた赤ずきんは、バリケードを解体して作った隙間を歩きながら、鳩の顔を隠し部屋へと向けて杏奈のことを見つめてきた。


 赤黒いドレスとマントを身にまとった赤ずきんが、靴底の薄い平らな靴で一歩、二歩と前進してくる。ショーケースのガラスをスレッジハンマーでこなごなにふんさいしながら。


 おまえもこうなる――そう言われた気がして、杏奈はしっしんしそうだ。


 肩と膝がまた震えた。顔面の筋肉もぶるぶると。


 赤ずきんが直立不動になったのは、その直後だ。背筋と足をまっすぐ伸ばしたような姿勢になる。杏奈はせんりつしながらも「……ん?」と眉をひそめた。


 廊下で出くわしたときも、こんなふうに直立不動の姿勢でこっちを見ていた。あのときは、すぐに背中をのけぞらせて、その勢いで前屈みになり、猛然と走りだした赤ずきんだが、いまは静止したままだ。走りだす気配はない。立ちつくしたまま杏奈を見ている。


 胸を張って背筋を伸ばすと、それにともない、自然と足のほうもまっすぐになる。廊下でこの姿勢の赤ずきんを見たときは、さほど気にはならなかったけど……。

 重たいスレッジハンマーを持っているから、自然と体が前に傾いて猫背になる。それが嫌ってこと? 絶体絶命の杏奈ほどではないにせよ、向こうだって人を襲撃しているのだから人生の一大事のはずだ。そんなときに姿勢のことなんか気にする? 


 次から次へとわき出てくる疑問が、杏奈の震えを止めてくれた。止まった直後に赤ずきんが直立不動の姿勢を解く。一歩、踏みだしてきた。


 すると、また杏奈の膝が震えだした。おもわず転びそうになったとき、ようだ。他人の体の感触。階段から下りてきた人物がそうしてくれたらしい。その人は杏奈を支えたまま、赤ずきんにこう呼びかけた。


」と。

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