1 部屋のなかにあったもの②
八年前、村木康志と依田友子を殺害して行方不明になった元管理人。指名手配された古坂の外見の特徴を列記したポスターが作成されたことがある。
身長一六〇センチから一六三センチ。小柄で華奢。そんなことが書いてあったはずだ。白骨死体の特徴と完全に一致している。
寝袋からつまみ出したスマホの電源はオフになっていた。
大手キャリアのスマホなら電源オフでも、そうなる直前の位置情報がわかるという。古坂のスマホの最後の位置情報はこの第四女子寮だ。寝袋の白骨死体が古坂で、スマホが彼の物なら、村木と依田を殺害後、古坂はこの第四女子寮から動いていなかったわけか。
でも……。寝袋から取りだしたスマホを床に置きながら、杏奈は唇をすぼめた。事件後、古坂らしき人物が女子寮から出ていく姿を玄関の防犯カメラがとらえている。この白骨死体が古坂なら、カメラに映っていた人物は誰なんだろう?
警察の発表によると、カメラに映っていたのは、ニット帽をかぶってサングラスをかけ、マスクまでした人物だ。ロングコートを着用し、そのせいで体型がわかりづらかった。怪しい格好だが、これから逃亡する身の上なら変装するのは不自然なことじゃない。
警察もマスコミもそう考えた。
事件後、女子寮からいなくなったのは古坂ひとりだけであり、服装も彼の私物。カメラに映っていた人物が古坂本人だと考えるのは論理的な帰結だったと言える。
しかし、事実はそうではなかったということなのだろうか? 杏奈は寝袋の死体をにらみつけた。この白骨死体が古坂なら、八年前、防犯カメラに映っていた人物は――。
〝五人目〟。その言葉が杏奈の脳内の
モナカに言わしめれば、第四女子寮には五人目が存在する。吉野りんかの怨霊が。このトンデモ発言が事実だったとしよう。防犯カメラに映っていたのは古坂に変装した吉野りんかの怨霊だった……?
古坂は小柄で華奢だ。ロングコートで体型は隠せる。女性のりんかが男性の古坂に変装していたことを体型から見破るのは難しいのではないか。カメラに映っていた人物はニット帽をかぶり、サングラスをかけ、マスクまでしていたのだから、顔の判別もできない。
事件当時の状況がカメラに映っていた人物を古坂だと決めつけたにすぎないのだ。カメラに映っていたのが古坂ではなく別人だったとしたら……? 古坂を殺した吉野りんかの怨霊だったとしたら――?
いやいや、まさか、幽霊などいてたまるか! 杏奈が自分の妄想にあきれて胸中にさけんだとき、これまでで最大の破壊音がとどろいた。
ドアの上のほうの蝶番はすでに外されている。そしてついに下の蝶番も破壊されたようだ。隠し部屋からでも一目瞭然なほどそれがわかる。ようやく外すことができたドアを、赤ずきんがいまいましそうに廊下に投げ捨てた音が杏奈の鼓膜を乱暴に揺さぶった。
赤い鳩の目と茫然自失の杏奈の視線が重なる。杏奈の肩と膝が電気ショックを受けたみたいに震えた。どうする? どうする? と念仏のように心に唱えたとき、頭上で音がした。ふたが、ひらくような音が。天井の一部が本当にふたのようにひらいている。
ひらいたのは、隠し部屋の奥の螺旋階段とつながっていた天井部分だ。
そこから……人が下りてきた。
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