5 赤ずきん③
エレベーターも階段も目の前だが、赤ずきんはすでに走りだしている。ドレスとマントのすそを、するするとわずかに床にこすりつけながら。そのうえ、エレベーターも階段も赤ずきんの進路上に位置している。スレッジハンマーのリーチは長い。エレベーターと階段の前で
エレベーターには乗りこめない。階段も危険。命の危機に直面した脳細胞がフル稼働して、そこまで一瞬で思考していた。杏奈の足も動きだしている。
いま確実に助かろうと思ったら、間近の展示室まで戻るしかない。展示室のドアは、地下フロアを横断する幅広な廊下から分岐した通路にある。杏奈から展示室までは直線で行ける。赤ずきんの場合は廊下から分岐した通路に入るときに曲線を描かなければならない。向こうは減速を余儀なくされる。
赤ずきんは走りながらスレッジハンマーを大きくふりかぶった。
展示室なら固定電話もある。あれで助けを呼べば――。
杏奈は全力疾走で展示室まで戻ると、ドアを閉めて施錠した。
分厚いドアだけど木製だ。赤ずきんはスレッジハンマー持ち。杏奈は『回想録』を投げ捨てるようにして床に置くと、出入り口の近くにあるショーケース三台のキャスターのストッパーを外して移動させた。大急ぎでバリケードを作るために。再度ストッパーを有効にしたから、そう簡単には動かないと思うけど、これだけでは心もとない。通話中に殺されるのも絶対に嫌。固定電話に飛びつきたい気持ちを押しとどめ、杏奈はバリケードの強化を優先すべきだと即断した。
その直後だ。カチリと……ドアの鍵が外れる音が聞こえたのは。
「え……なんで?」
マスターキーは若葉が持っている。若葉が部屋に戻る途中で襲われた? いや、そうとはかぎらない。管理事務室には壁掛けのキーボックスがある。そのなかに展示室の鍵が保管されている。あれを使えば……。
地下に下りる直前にキーボックスの中身をたしかめた。そのとき、展示室と地下倉庫の鍵、そのふたつがなかった。鍵は鳩の顔の赤ずきんが持っていたのか。
赤ずきんの衣装は倉庫にあった物を身につけているのだろう。きっとそうだ。
杏奈と若葉が地下倉庫に立ちよったとき、まだそこには赤ずきんの衣装があった。あのあとで、事前に借りておいた鍵を使って地下倉庫に忍びこんだ誰かが赤ずきんの衣装を身につけた、というわけか。
カチャリと、嫌な音を立てながらドアノブが回る。
展示室のドアは内開きだ。バリケードが邪魔でドアはひらかない。部屋の奥の残り三つのキャスター付きショーケースも移動させてバリケードを強化する。
「ねえ、あなた誰!?」
もちろん答えは返ってこないが、展示室の鍵でドアをあけたんだとしたら……。
管理事務室には寮生のカードキーで入れる。キーボックスもそのカードキーでひらく。ということは、杏奈に襲いかかってきた赤ずきんは、寮生……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます