5 赤ずきん①

「さてと……」

 杏奈は氷沼紅子の『回想録』を持ったまま、石造りの四つの台座へと足を向けた。


 展示室の台座のミニチュア版が書斎にもあるけど、意味深だ……。内心にそう呟き、目を細めつつ、台座の時計の針をつついてみた。鳩の彫像にデコピン。変化なし。


 杏奈は首をひねった。軽くひねったまま壁面ショーケースのガラス扉の奥をのぞきこんでみる。隠し扉でもあれば面白いのに。そう思ってのぞきこんだのだが、なさそうだ。


 ひま……。ひとりだと、お宝探しのテンションもいまひとつ上がらない。


 圏外表示のスマホで時刻を確認すると、十八時三十分ちょうど。


 若葉が不在のうちにモナカにお別れの挨拶でもしとこうかな? そうだ、そうしよう、と即決した杏奈は、展示室の外に体を半分だけ出した。なんで半分だけかというと、不意に音が聞こえたからだ。


 杏奈の足が止まる。廊下はしんと静まり返っていた――わけではない。

 ガタンという音が聞こえた。ドアを閉めたような音。用具入れのロッカーの音? 

 ロッカーはさっき、ちゃんと閉めたはずだけど……。


 杏奈は慎重な足取りで廊下に出た。地下フロアを東西に横断する幅広な廊下まで歩くと、おそるおそるロッカーのほうへと顔を向けてみる。


 ――。赤ずきんが。


 赤い目の鳩マスクをかぶった赤ずきんがそこにいた。

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