4 ひとりきり
展示室のドアを杏奈が二、三回ノックする。佐絵かモナカがいるかもしれないと思ってそうしたのだが、返事はなかった。小窓を設けた分厚いドアは施錠されていた。
「いないのかな? 佐絵さんもモナカも」
杏奈がふと口にした。「じゃ、なんで展示室と倉庫の鍵がなくなっていたんだろう」
「モナカが借りて返し忘れてるとか」
「モナカがどうして借りたの?」
「そんなの知らないよ」若葉は投げやりな口調だ。「地下で幽霊でも捜してた……とか」
「佐絵さんが鍵を借りていった可能性は本当にないのかな」
「ないでしょ、たぶん。さっきも言ったけど、この時間、佐絵さんは大学なんだから」
あらためてスマホで時刻を確認してみると、十八時三分だ。ちょうど最後の五時限目を終えたばかりの時間だった。
これから大学のバスで帰宅するとなると、最短でも十八時半はすぎる。タクシーか自家用車を使えば時短できるが、佐絵のコルベットは寮の駐車場にある。タクシーが大学に到着する待ち時間まで加えると、関係者専用のバスに乗ったほうが早いだろう。
「講義が休講だった場合は帰宅ずみかもしれないけど、それよりもさ、いまはお宝探しだよ。杏奈と一緒にがっつりお宝探しができるの、今夜しかないんだから」
ウインクした若葉が展示室のドアを強めにノックした。やっぱり返事はないけれど、今度は呼びかけたのではない。
「九億円の宝石があるなら、ここでしょ。扉の分厚さ、頑丈さ、隠すならここだと思う」
若葉の見解に杏奈も同意する。氷沼紅子の宝石コレクションが展示されていた部屋。小窓がはめこまれた木製の分厚いドアは、ちょっと蹴飛ばしたくらいでは壊れそうにない。壊すなら、さっきのスレッジハンマーが必要になってくるだろう。
若葉がマスターキーで解錠してそのドアをあけた。
「謎の台座が四つ。台座の上には鳩の彫像。彫像も四つ。怪しすぎる」
若葉は半ば冗談めかして言うが、四つの台座の正面にはアンティーク風の時計もくっついていて、これはこれですこぶる怪しい。
杏奈は展示室に入ると、台座や彫像を真っ先にさわってみた。なんの変化もなし……。
「ショーケース、動かしてみる?」
若葉が提案してきた。「床に隠し金庫があるかも」
台座のある中央エリアをはさんで部屋の東に三つ、西に三つずつ幅一メートル半ほどのキャスター付きショーケースが置いてあった。
東側にあるキャスター付きショーケースをまずは三つとも扉の近くまで移動させる。そこに移した理由はちょうどいい広さだったからだ。まだまだスペースにはあまりがある。近くのソファ型ベンチもついでに扉のほうへと移動させてみた。
「ないね、隠し金庫」
杏奈が厳然たる事実を指摘した。若葉は苦笑いでうなずく。西側の残り三つのキャスター付きショーケースを移動させても結果は同じだろう。
ショーケースは他にもあった。壁に沿って並べられている巨大な壁面ショーケースが。あれは大きすぎて、とても杏奈と若葉のふたりだけでは移動させられない。
ブゥ、ブゥッと振動するスマホの音が聞こえた。若葉のスマホだ。着信ではなくアラーム音。地下は圏外だから電話もメールもSNSもできない。
「六時半まであと十分か……」
若葉の顔がにやついている。「ごめん、ちょっと電話してくる。自分の部屋で」
「え、なんかあったの?」
「男」若葉はねっとり唇をなめた。「前に中学のときの友だちと飲んでたらナンパされたんだよね。社会人に」
「付き合うの?」
「相手次第かな。そこそこイケメンだし、クリスマス当日もイブも暇だから」
杏奈は例年どおりイブもクリスマスも実家で家族とすごす予定だ。
「悪いのに引っかからないでよ。若葉はモテるんだから」
「心配しないの」
扉に手をかけた若葉が杏奈に笑いかけた。「男のあつかいにはなれてる。火遊びにも」
「そこが心配なんだけど。ボヤですむと思ったら――」
「今夜六時半に電話するって約束しちゃってるんだよ」
「予定空けるって言ったくせに」
「電話はいいじゃん。すぐ終わるから。わたしが戻ってくるまでに九億円のルビーリング、見つけといて」
ウキウキした様子で若葉が展示室から出ていく。杏奈はひとりきりになった。
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