2 杏奈の推理②

 杏奈は録画映像の倍速を最大にする。とりあえずきっちり三時間、各カメラの録画をさかのぼっていく。「三時間ぐらいでいいんじゃない?」と若葉が言ったからだ。まあ、そんなものだろう。倍速を最大にしたところで全部のカメラ映像を確認しつづけるのは不可能だ。限界がある。どこかで区切りをつけないと、それだけで夜ふけになりそうだから。


 十七時二分に管理員が退勤。さかのぼることおよそ二時間、十五時十三分に杏奈と若葉が大学から帰宅。不審者どころか、他に部外者の出入りはいっさいない。

 その確認作業中ずっと、リアルタイム映像にも気を配っていたが、こちらのほうでも不審者はおろか、寮生をはじめとする寮関係者の出入りすらなかった。


「外に共犯者がいるのかどうか、わたしにはわからないけどさ」

 映像の確認作業にあきてきたのだろう。若葉があくびをかみ殺しながら言った。「もしそんなやつがいるなら、そのうち管理員さんが報告してくれるんじゃないの」


「管理員さんが共犯者でなければね」


「……はっ?」若葉の眠気はたちまち吹き飛んだらしい。「それ、マジで言ってんの?」

「可能性の話をしてるだけ。本気で疑ってるわけじゃないよ」


 管理員の田中和夫と佐々木加代はどちらも人がよさそうだ。犯罪に手を染める人たちだとは思えないが、れの嘘つきなら善人のふりをするなどぞうもないだろう。


「可能性なんて言いだしたらキリがないと思うけど」

「若葉の言うとおりだけどさ、用心するってのは可能性を考えることだと思うんだよね」


 杏奈は机の引き出しからノートを一冊取りだした。A4サイズのノートで、来訪者リストだ。りょうそくによると、勝手に人を泊めてはいけない。寮生以外の宿泊を禁じているのではなく、誰かを泊める場合は管理員に報告しないといけないのだ。


 管理員は防犯カメラの映像を必ずチェックしている。報告し忘れた場合は、宿泊させた寮生が呼びだされて、事後でもよいので来訪者リストに名前を記入させられる決まりになっていた。


「もしかして……」若葉の唇のはしがつり上がった。「寮生の友だちに共犯者がいるって思ってるわけ?」

「それについても可能性を検討しているだけです」


 ちなみにこの来訪者リスト、宿泊者だけでなく、ふらりと遊びで立ちよったり、短時間の用事で訪れた者ですらめいさせられる。八年前の事件が相当こたえたのだろう。人里離れた場所にある寮なので、なにかあったとしても、助けが来るまでには時間がかかる。邪悪な考えを持つ連中に目をつけられかねない環境であり、実際のところ、かつてはあろうことか当時の理事長と住みこみの管理人がここの立地の悪さと閉鎖性を悪用していた。


 同じてつは踏むまい、ということらしい。事件後は防犯カメラを増やして死角をなくし、泊まりに来た者だけでなく、遊びに来た者の名前まで記名させる徹底ぶりだ。


「うちに泊まりに来る物好きなんて、そうそういないと思うけど」

 若葉がちょうするような笑みを浮かべた。「遊びに来るやつも」


 おっしゃるとおり、ノートの宿泊者の欄には、ここ一年ほど名前が載っていない。一年と一ヵ月ほど前に、当時の寮生が友人を泊めて以来、部外者は誰も宿泊していなかった。


 泊まり客ではない来訪者がれっされている欄にも、宅配業者以外だと、三ヵ月ほど前に杏奈の友だちが二時間ちょっと立ちよってくれたのを最後に誰の名前も記されていないさびしさだ。

 そりゃそうか。第四女子寮に泊まりに来るのではなく、ここの寮生が友だちの家に泊まりに行きがちだ。場所が場所だし、いちいちノートに名前を書くひと手間が面倒すぎる。宅配業者にしても、五日前に訪れたのを最後に来ていない。


 チラシが郵便受けに入っていることはよくあるが、それにしたって街中のマンションやアパートとくらべたら少ないほうだろう。チラシを入れるだけならオートロックを通過する必要がないので、その場合は来訪者リストへの記名も求められない。


 杏奈は新聞を購読しているが電子版だ。ここ三日ほどは郵便受けのなかが空っぽ。チラシを入れに来る者すらいない、ということだ。


 第四女子寮の不人気ぶりを再確認させられながら、来訪者リストを机の引き出しに戻した杏奈は、「ここのカメラ映像だけどさ……」と言った若葉の声に耳を傾けた。

「映像は管理会社のほうでもリアルタイムでチェックできるんだって。不審人物がいたら本社のほうから報告が入るみたい。いまのところ、そんな報告はないよね? ここの管理員さんが杏奈に警告文を送りつけた犯人の共犯者だとしても、変なことしてたら本社の社員が気づくんじゃないの?」


 寮内を監視する防犯カメラはないから、そこは上手くやれそうな気もするが……。いや、でも、次になにかあったら確実に通報だ。杏奈がそうする。我慢の限界だから。犯人もその程度のことは想定内だろう。通報後、警察は管理員のことも調べるはずだ。管理員が共犯者だとして、そこでボロが出ないともかぎらないか……。

 杏奈がそう述懐すると、「そうだよ、それそれ」と若葉が相槌を打った。

「杏奈の言うとおりだよ。共犯者を作るなら無関係な人にすべきじゃないの?」


「となると」今度は杏奈が相槌を打った。「管理員さんが共犯者の可能性は、ないか」


「たぶんね。共犯者の有無はともかく、内部犯はモナカで決まりだけど」

 前と同じように一方的に決めつけた若葉は、「だって」と勢いよくまくし立てた。

「モナカにだけ犯人を内部犯だと思わせたい切実な理由があるじゃん。わたしは信じてないけど、りんかが犯人なら内部犯でしょ。モナカは〝五人目の寮生〟が犯人だって可能性をじょうに載せようとしていた。

 幽霊は存在するって思わせたいモナカにとって外部犯の可能性はノイズでしかない。だからあえて内部犯に限定されちゃうような方法で犯行におよんだ。寮生の自分が疑われてもいいんだよ。幽霊の存在を信じさせることのほうが大事だから、モナカにとっては」

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