2 杏奈の推理①
十五時十分すぎに杏奈と若葉は女子寮に帰宅した。
管理員が退勤したあとの管理事務室前で待ち合わせの約束をする。若葉が夕食の下ごしらえと、軽くシャワーも浴びたいと言ったので、およそ二時間後に集まることになった。
杏奈もひとっ風呂浴びる。ルビーリング探しで汚れるかもしれないから、入浴後は寝間着には着替えず、着古しのパーカーにジーンズを選んだ。氷沼紅子の『回想録』も持ってきた。モナカの言うとおりなら、この本が役立つかもしれない。
十七時十四分。約束の時間の一分前に杏奈が着く。
三十秒後に管理事務室の前に現れた若葉もパーカーを着ていた。十二月も下旬になって寒くなってきたからだろう。ロングコートを重ねていたが、下半身はいつもどおり長い足を見せつけるデニムのショートパンツで、どんなに寒くてもこんな格好だから感心する。
それとなく下がった若葉の視線の先に、杏奈が持っている『回想録』。微かに眉根を寄せた若葉の唇がひらきかけたが、「あのさ」と呼びかけた杏奈が先に無人の管理事務室に入って照明をつけたので、このときはなにも言ってこなかった。
「実はちょっと用事があるんだよね。少し時間がかかるけど、いい?」
お宝探しのためにマスタキーを借りに来たのだが、それとは別にやりたいことがある。
「いいけど、なにすんの?」
「カメラ映像をチェックしたい。不審者がいるか、たしかめたくて」
「不審者?」若葉の目もとが歪んだ。「杏奈……またなんかあったの?」
「ないよ。そうじゃなくて」
お風呂でさっぱりしたら頭のほうも
「例の警告文、あれを送りつけてきたのは内部犯だけど、単独犯とはかぎらないでしょ」
「待て、待て。杏奈は共犯者がいるって言いたいの?」
「断言はしない。可能性を検討したいだけ」本を机に置く。「共犯者がいるなら、それは外――寮生ではない外部の人間かもしれないって思ったの」
ピンと来ないのか、首をかしげた若葉はときどき本のほうを一瞥しながら、杏奈が操作しはじめたカメラのモニター映像を観ていた。
「わたしの部屋のドアに赤いスプレーで書かれていた警告文。あれが書かれたときの状況からして、警告文の犯人は内部犯、すなわち寮生である。わたしたちはそう推理した」
しゃべりながら、杏奈はモニターを防犯カメラのリアルタイム映像と録画の分割表示に切り替えた。いまのところ不審人物は出てこない。
「その一方でこんなふうにも思ったの。一連の警告文がすべて、たとえば手紙で、郵便で送りつけられていたら、犯人を絞りこめなかったなって。郵送で届いた差出人不明の手紙で警告されていたら、警告文の犯人が外部犯である可能性を捨てきれなかった」
「現実はそうじゃない」
「わかってるけど、わたしがさっき言ったような方法なら、外部犯の可能性を残せた。犯人が内部犯ならそうすればよかった。そうしなかったから外部犯の可能性がなくなって、犯人候補は寮生に限定された。犯人にはなんの得もないって思ってたんだけど……」
「得がある……?」
「内部犯だと思わせることでメリットが生じるとしたら、それは外に味方がいるときじゃないかな」
若葉は考え深そうな面持ちで「……まあね」と認めた。「内部犯だと確信しているわたしたちの警戒心は外に対して薄くなるから」
「でしょ。それが狙いかも。次、犯人がなにかしてくるとしたら、外部の共犯者を使うかもしれない。わたしはそう思った。警告文が三回で終わったとは思えないから。次がいつかはわからないけど、今夜かもしれない。用心するにこしたことはないよ」
「だから杏奈は、お宝探しの前にカメラ映像を確認したくなったわけか」
「外部の共犯者かもしれない人物が、おもいがけず映りこんでるかもしれないでしょ」
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