第六章 過去――鳩の顔の赤ずきん
1 出ていく
「聞いて、若葉。わたし、女子寮を出る」
十二月二十二日、水曜日、午前九時五十分。
通学専用バスのなか、後部座席に座った杏奈は、となりの友人にそう宣言した。
「出るって、いきなりすぎるでしょ。目覚ましのアラームより効いた」若葉はあくびするのをやめて目を見ひらいた。「金輪際、寮には帰ってこないってこと?」
「宝石探しがあるからたまには立ちよるけど、短時間の予定。落書きされた三回目の警告がきつかった」と答えた杏奈と、うなずいてくれた若葉が客席を独占している。第四女子寮は始発だから他に客はいない。杏奈も若葉も今日は二時限目からだ。
「明日の朝までには寮を出る。今日の講義が終わったら、わたしは冬休みに入るから。それで、ちょうどいいかなって思っちゃった」
素直な気持ちを打ち明けながら杏奈はふと思った。
佐絵とモナカは今日一日をどんなふうにすごすのだろう?
講義をみっちり入れているらしい佐絵は、一時限目に間に合うようにもっと早い時間帯のバスに乗ったのだろうか? 寮を出たとき、佐絵のコルベットを駐車場で見かけた。
モナカは今日もきっと部屋に引きこもってリモートで講義に出席するのだろう。
あのふたりにも寮を出ることを伝えなきゃ……。
「その顔、その言い方。杏奈、ほんとに寮から出るつもりなんだ」
「そうだよ。明日中に実家に帰る。昨日の夜ずっと悩んで、今朝そうするって決めた」
のそのそとバスが出発する。シートから伝わってくる微かな振動を感じながら、「冬休みが終わったあとも実家から通うと思う」と杏奈はつけ足した。
「三月末までには全員が出ていく。わたしの場合、それが少し早くなるだけ」
「荷物はどうすんの? 家具とか」
「春休みに入ったら家族と一緒に取りに行く。引っ越し業者の人にも来てもらって、見積もり出してもらうよ。家具は業者の人に後日運んでもらう」
「そこまで決めてるんだ」
さびしがってくれているのか、
「あるよ、そりゃ。こんな形で出ていきたくなかった。卒業制作のことも」
「住まなくなるだけで、また来てくれるんでしょ。ルビーリング探すから。さっきそう言ってたじゃん」
「がっつり探そうと思ったら住んでるほうがいいに決まってる。だから、今夜やろうよ」
杏奈は若葉に少しだけ額を寄せた。「第一回目の、お宝探し」
「遊びじゃなくて本気でってこと?」
「当然。わたし、明日には出ていくんだよ。若葉と一緒に時間を気にせずに心ゆくまでお宝探しができるの、今夜しかないと思う。若葉、今夜の予定は?」
「ないよ。あったとしても親友のために空けるから」
若葉が杏奈に微笑みかけた。そう言ってくれると思った、若葉なら。「杏奈のために本気出すか。今夜中に見つけちゃえ、九億円のルビーリング」
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