6 封印された小説①

「実に興味深かったです。このモナカ、その小説をぜひとも読んでみたい。ネットの小説投稿サイトに載っけてたりしませんか? わたしが話をうかがった先輩から、そんなことも聞いているのですが」


「ごめん。あれはもう誰にも読ませるつもりないから」

 杏奈はやんわり断った。「たしかに一時期、小説投稿サイトに掲載してた。思いのほか評判もよかった。わたし、あのころはツイッターとインスタで小説の宣伝をやってたの、頻繁にね。ペンネームでだけど」


「杏奈さんはそのころ、プロの小説家になりたいって気持ちはなかったんですか?」


「全然なかった。小説はたんなる文章修行だったから。わたし、自分以外の人に読ませるための長い文章を書いたことがなかったんだよね、そのころはまだ。

 それに高校生のころってさ、無性に背伸びをしたくならなかった? 祖父に倣って事件のルポルタージュを書いてみたいって本気で思いはじめた時期だったの。そんなときに都内の、自分の家からそこまで遠くない場所で陰惨な事件が起きた」


 杏奈がその事件に着目したのは、なにも家から近かっただけが理由ではない。

 中学までXと仲のよかった女子高生のインタビュー記事を読んで心を打たれたからだ。週刊誌の記事だった。Xの無実を訴えかける――そんな記事だった。ほどなくしてテレビの取材も受けるようになったXの友人いわく「あの子が親を殺したとか、嘘です。自殺するなんて……信じられない」と涙ながらに主張していた。蜂にでも刺されたみたいにまぶたをらしながら、えつまでもらして。


 死んだ友だちの無実を訴えて涙する彼女を観て、杏奈の胸はえぐられたように苦しくなった。祖父が生きていたら、この子のために事件を調査するのではないか? きっとそうするだろう。そんな確信めいた直感が走りぬけたが、祖父はもういない。いないのなら、孫のわたしが――そのときは傲慢だとすら思わなかった。誰かがやらねばならぬこと、その一念がえぐられた胸の空洞を満たして、祖父に憧れていた杏奈をき動かしたのだ。


「杏奈さんは優しいですね」

「どこが? そんなんじゃないよ。エゴだよ、エゴ。エゴだと気づけないほど幼かっただけ」


「優しさもエゴです。だからときに、優しさをうっとうしく感じることもある」

「ああ……かもね。モナカは難しいことを言うんだね」


「そうでしょうか。ところでそのXのお友だち、Xとは中学まで仲がよかったそうですが、その言い方だと高校に入ってからは疎遠になったのでしょうか? もしそうなら、疎遠になった理由は?」

「Xとは中学が一緒だったみたい。そのときは親友だったはず」


「喧嘩でもしたんですか?」

「してないんじゃない。そういうんじゃなくて、友人のほうが中三の夏に親の仕事の関係で沖縄に引っ越したんだよ。最初は連絡を取り合ってたけど、お互い受験で忙しくなると、近況を報告し合う回数も減っていった。高校に入ってからは新しい生活がはじまって、新しい友だちもできて、次第に疎遠になっていったんだとか」


「Yとの関係は相談しなかったんですか?」

「できないでしょ。疎遠になったとか関係なく。仲がよかった友だちだからこそ言えないことってあるよ」


 Yとの関係で深みにハマればハマるほど、Xが誰にも相談できなくなっていったのは想像にかたくない。これは事件後にマスコミが突き止めた事実でもある。杏奈の小説ではXの心に生じたその大きな穴を目ざとく発見したのが黒幕Zだった。

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