3 モナカの家族③

 モナカの一字一句が杏奈の胸を突く。

 勢いに呑まれそうになり、杏奈は小さく浅く息を吐いた。


「このモナカ、祖母や父からは『まだ危ないから』と言われて、仕事の手伝いをさせてもらったことがありません」

「ハロウィンのときも、それと似たようなこと言ってたよね」

「はい。したがって、わたしは幽霊をこの目でまだ確認できていません。杏奈さんはわたしのこと、幽霊を見たこともないのに信じている変なやつだと思っていますよね?」

「いや……そんなことはないけど」


 賢いモナカには本音を見透かされているとは思うものの、ここは否定してみせるのが礼儀だろう。杏奈は曖昧な笑顔を浮かべた。


「父と姉の死は自殺ではなく、そう見せかけた悪霊による殺人です。そんなこと、わかりきってはいるのですが、わたしは最後のダメ押しがほしい。幽霊は実在する。それをこの目でたしかめたいのです。それが叶ったのなら、わたしは次のフェーズに移ることができる。父と姉の仇討ちにね」


 仇討ち……。さっきもそんな怖いことを言っていたけれど、本気だろうか? モナカは長距離ランナーのように息を切らしている。めったに感情的にならないし、ふだんよりも大きな声でまくし立てたから疲れたのだろう。


「大丈夫?」

 背中をさすろうとした杏奈を拒絶するかのようにモナカは軽く手を挙げた。

「杏奈さんはノンフィクション作家志望だとおっしゃっていますが、昔、小説を書いたことがあるんですよね?」

 瞳をすがめたモナカが唐突に話題を変えた。


「よく知ってるね。言ったことあったっけ?」

「ありません」

「なんで知ってるの?」

「調べましたので」

 杏奈の頬が微かに引きつった。「わたしのこと、調べたんだ?」


「過去にろくでもない事件が起きて、ついでに幽霊までいる。そんな噂のある第四女子寮に住みたがる人がどんな学生なのか、興味があったので」

「小説のことは超マイナー情報だよ」

 若葉が口をすべらせたとは思えない。もしそうなら、杏奈に言うはずだ。


「大学入学前に第四女子寮のことは調べたと以前に申しあげました。SNSで元寮生などから話を聞いたと。主には吉野りんかの怨霊にまつわる噂話についてですが、現在の寮生のことを知っていそうな人たちともSNSを通じて親しくなり、少しずつですが教えてもらった次第です」


 元寮生が情報源か。なら、あのときかな? 日本国内における新型コロナの感染者が一例も報告されていなかった二〇一九年の十二月下旬ごろ、杏奈と若葉は映像制作の実習メンバーたちと忘年会をもよおした。そのときに泥酔した杏奈が小説の件を口走ってしまったのだ。忘年会には先輩の寮生がふたりいた。そのどちらか、あるいは両方にモナカはたずねたのだろう。


「杏奈さんや若葉さんと距離が近すぎるような人はさけました。告げ口されても面倒なのでね。ほどよい距離感の付き合いだったとおぼしき人だけを選びました」

 あれこれ調べられていい気はしないけれど、感心した。いずれはプロとしてルポルタージュを書きたい自分もそれを行う側の立場になる。そう思えば許容できることだ。


「杏奈さんの小説、モデルにした事件があったんですよね?」

「興味あるの?」

「あります。とりわけ殺人事件には。殺された被害者が幽霊化している可能性がありますからね。杏奈さんが小説のモデルにした事件も殺人事件なんでしょ?」

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