6 赤ずきんの衣装①

 先刻の赤ずきんが地下倉庫の衣装を使わずに自前で用意していたとする。自分の部屋に隠した可能性は大いにある。衣装が隠されていないか確認したかった。いきなり押しかけるのだから拒絶されても文句は言えない。それなのに、みんな即答で了解してくれた。


「わたしは被害者で犯人じゃないけど、ここは平等ってことで」

 まずは杏奈の四〇四号室からだ。赤ずきんの衣装などあるわけがないが、これから他人の部屋をひっくり返そうというのだ。まずは自分から犠牲にならねば。そうすることで最低限の誠意を示そうとした。


「ガチで落書きされてんな」と、玄関ドアを見て佐絵が苦笑した。杏奈は頬を引きつらせた。何度見てもそうなる。若葉も似たような感じだ。モナカだけが無表情だった。


 次に若葉の三〇八号室。冷蔵庫のなかまで見せてくれたが、赤ずきんの衣装はどこにもない。モナカの三〇六号室にも赤ずきんの衣装はなかった。なかったけれど、寝室に案内された瞬間に絶句した。若葉と佐絵もぐるりと首をめぐらせつつ言葉を失っている。


 部屋の壁のあちこちにコルクボードが掛けられていた。大量の紙と写真が貼りつけられている。紙は週刊誌や新聞の切り抜きらしい。ネットの記事を印刷した物もある。モナカのメモ書きとおぼしき用紙も。それらが無秩序に並んでいた。


 写真は大半が生前の吉野りんかを写した物だ。残りは第四女子寮の写真――元管理人の住戸だったり食堂だったり地下フロアの各部屋だったりをモナカ自身が撮影した物らしい。


「なにこれ?」と、たずねた若葉の顔の中心にしわが寄る。「怖いんですけど」


「わたしには必要な物です。わたしは吉野りんかの幽霊と出会うために第四女子寮に入寮しました。彼女のことをもっとくわしく知りたいと思っています」


 壁に貼りつけられている紙や写真は、すべて吉野りんかに関係している物ばかりのようだが、りんかの怨霊が本当にいたとしても、これを見たら幽霊もドン引きだろう。


 つづいて、佐絵の二〇七号室にお邪魔する。ここにも赤ずきんの衣装はなし。通された佐絵の寝室からは甘いバニラの香りがした。アロマオイルをディフューザーで霧状に噴射しているようだ。部屋中が甘ったるいバニラのほうこうで満たされている。


「匂いが強すぎたかな」

 そう言って、佐絵が天井の換気扇を回しはじめた。


 第四女子寮は全室に換気扇を完備している。換気扇だけではなく、業務用の本格的な脱臭装置も。第四女子寮でクスリが蔓延していたとき、臭いの強い大麻や一部の脱法ドラッグの臭気が外にもれ出ないようにするために脱臭装置まで導入したようだ。脱臭装置は排気ダクトのなかにある。したがって見えないが、臭気対策がばっちりなので佐絵もついつい強めの匂いで部屋を満たしがちなのだとか。


 二〇七号室から出ると、念には念でマスターキーを使って空き部屋の鍵をあけていった。残りの部屋すべてをチェックする。赤ずきんが犯行前に管理事務室から空き部屋の鍵を借りておいて、犯行後に衣装を放りこんだ可能性があるからだ。ありえそうなことだと思ったけれど、どの部屋からも赤ずきんの衣装は出てこなかった。落書き犯は自前で衣装を用意したのではなくて、地下倉庫にあった物を借りたということか? 疲れた足で食堂に戻って杏奈が述懐すると、「かもしれませんね」とモナカが言った。

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