5 内部犯

 落書きされていたのは杏奈の部屋の玄関ドアだけだった。郵便受けに入れられていた警告文につづいて二回連続のご指名。〈やめろ〉だの〈出ていけ〉だの、ずいぶん勝手なことを言ってくれる。


 若葉と一緒に地下倉庫に行って、赤ずきんの衣装の有無も確認してきた。衣装はあった――鳩マスクも手袋も。赤いフラットシューズもあったが、杏奈が耳にしたのはハイヒールの靴音だ。あのとき赤ずきんの足もとは見えなかったけれど、そうにちがいない。赤ずきんは地下倉庫から衣装を借りてきたのか、それとも、まったく同じ物を別に用意していたのか、どっちだろう。


「……オッケー、話はわかった。わたしたち四人のうちの誰かが犯人だって言いたいんだな、落書きの?」

 ほどなくして寮生全員が食堂に集まった。しかめっ面の杏奈が落書きの一件をたどたどしく説明すると、面食らった様子の佐絵が椅子に座ったまま肩をすくめた。


「残念ながらそうです」と、若葉も肩をすくめる。「犯人は内部犯、寮生ですよ」


 犯人は階段を下りると、どこかに隠れたはずだ。杏奈の部屋は最上階、他の面々は三階以下に部屋がある。寮生が犯人なら自分の部屋に隠れた可能性が高い。


 あのとき、階段を下りる鳩の顔の赤ずきんをすぐにでも追いかけるべきだった。それができなかったのは、もちろん怖かったからだ。犯人はそのような心理的効果も狙って鳩マスクに赤ずきんのコスプレだったのかもしれないが、杏奈はスニーカー、向こうはハイヒールのパンプスだったはずだから、絶対に追いつけた。反撃を食らう危険はあったものの、取り押さえることができていたなら、赤ずきんの正体がわかったのに……。


 それができずに杏奈は部屋に逃げこんだ。そのまま玄関で二分ほど呆然としていた。若葉が部屋に駆けつけるまで三分弱。赤ずきんが逃げだしてから、トータルで四、五分か。寮生が犯人なら、この四、五分のあいだに身をひそめたことになる。赤ずきんの衣装を脱いで隠す時間をふくめても、それだけあればじゅうぶんだろう。


「寮生以外の五人目が犯人の可能性は?」

 空気を読まずに発言したのはモナカだった。杏奈はもう聞きなれてしまったのでどうとも思わないが、若葉はカチンと来たらしい。

「管理員さんは犯人じゃない。寮生は四人しかいない。五人目? 誰それ? 吉野りんかのこと?」

 矢継ぎ早に問う若葉の語調が荒い。「犯人は生きた人間なの。幽霊が落書きするのにスプレーなんか使う? スプレーは地下の物置、展示室にあったやつだと思うけど」


「幽霊だってスプレーぐらい使いますよ」

 モナカは平然と反論した。「幽霊は万能ではありません。なにか書こうと思ったら、書く物が必要です。あたりまえです」


 若葉が聞こえよがしに舌打ちした。話にならない。そんなふうに見放した面持ちだ。


「喧嘩はよせ。それとな、先に白状しとくよ。わたしにはアリバイがないからな」

 佐絵がゆううつそうにほおづえを突く。「落書きされた時間帯はずっと部屋にいた。ひとりで」


「わたしもずっと部屋にいた。アリバイはなし」

 若葉が杏奈を見て告げた。「杏奈がわたしのことを疑ってるとは思わないけど、正直に言っておく」


「わたしも部屋にいました」モナカが挙手する。「アリバイなしです」


 全員がアリバイなしか。五人目は、どうか知らないけど。


「あの……ひとつお願いがあるんだけど」

 控えめな調子で杏奈が切りだした。「みんなの部屋に行ってもいい?」

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