3 回想録③
『回想録』は二百ページ強のハードカバーで、モナカが言ったとおり、表紙には大きなカタツムリの絵が描かれている。写実的なタッチで気味が悪い。裏表紙もモナカの言ったとおりだった。赤い目の鳩の絵。胸に刃物か大きな羽根のような物が突き立てられていた。
「ヒダリマキマイマイですね」と、モナカが表紙を指さした。「貝殻が左巻きなんですよ。左巻きのカタツムリはめずらしいそうです」
「……へえ。なんでこんな絵柄にしたんだろうね?」
「わたしは裏表紙の鳩の絵がとくに気になります。深い意味があるのかも」
「深い意味?」
「ミャンマー産の超高級ルビー、
そんな返答を寄こしたモナカがこっちを見る。杏奈の心臓が軽く跳ねあがった。
「えっ、ちょっと待って。この『回想録』と例のルビーリングが関係してるってこと?」
「九億円のルビーリングです。氷沼紅子の娘ふたりがそんな物を放っておくわけがない。発見されたら最後、紅子の生前ならまだしも、死後に見つけられた場合は
そうなるのをさけるためにも、紅子はルビーリングをこの館のどこかに隠した。そう簡単には見つからないような場所に。けれども人は、ど忘れする生き物です。隠し場所を忘れた場合に備えて、隠し場所のヒントをどこかに書き記しておくのでは?」
「それが、この『回想録』?」
気味の悪いカタツムリの絵が描かれた本の表紙、もっと不気味に見える鳩の絵の裏表紙。モナカが持っている本の両面を交互にのぞきこみながら、杏奈はごくりと唾を呑みこんだ。
「かもしれない、というだけです。現段階ではまだ」
モナカが本をエコバッグに入れた。食材でいっぱいの状態だったので、破裂寸前の風船のようにバッグがふくらんだ。「ってなわけでこの本、先にお借りしますね。杏奈さんも興味があるのなら、わたしが読み終わってからでよければ貸しますよ」
「じゃあ、そうしてもらおっかな」
手もとに置いておきたくない装丁の本だが、前から読んでみたかったのは本当だ。モナカの話を信じるなら、ルビーリングと関係があるかもしれないし……。少しでもその可能性があるのなら必読だろう。卒業制作のテーマにする予定なんだから。
「杏奈さん」
やや低めのトーンでモナカに呼びかけられた。「あくまでも
また幽霊……。どうしても、そこにつなげたいんだ。八年前の事件はともかく幽霊に。
「モナカがそう考えた根拠は?」
「勘ですよ」
「理屈っぽいモナカが勘だけで決めつけていいの?」
「杏奈さんはまたしても思いちがいをしている。わたしはえてして勘に頼るタイプです。きっかけは勘でもいい。そこから調べて論理的に思考する、そのくり返しです」
「なるほど。モナカ情報のアップデート完了」
「そうしつづけていれば、いずれは必ず答えにたどり着けると信じています」
答えとはなんのことだろう? モナカの場合は、オバケの実在だろうか。
杏奈も答えが知りたいと思った。
送りつけられた警告文。それを書いた犯人が誰なのか――その答えを。
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