1 監視②

 録画映像をチェックするだけではわからないことのほうが多い。スーパーに行くと見せかけて、モナカが別の場所に赴いている可能性は否定できないだろう。杏奈はさんざん迷ったあげく、買い出しに出たモナカを尾行することにした。


 さすがにここまでやると、陰湿な監視を行っているのだと強烈に自覚させられてしんどくなるが、わたしはノンフィクション作家志望です、ノンフィクション作家志望です、ノンフィクション作家志望――尊敬する祖父のようなルポルタージュをいずれは書く女なのだから、尾行のひとつやふたつできなくてどうするの、と自分で自分を説得することにした。ほめられた行為ではないから、こうやって呪文のごとく自分に言い聞かせることで尾行を正当化するほかはない。警告文の犯人を突き止めたい一心とはいえ、ストーカーに成り下がった自分への嫌悪感で日に日に胸が押しつぶされそうだけれども、おかげで気がついたことがある。


 十二月二日の木曜日。その日、買い出しから帰ってきたモナカが自室には戻らずに、一階の北西にある元管理人の住戸に向かった事実に気がついたのだ。寮生なら管理事務室で鍵を借りて自由に出入りできる場所だが、あんなところになんの用があるんだろう? 


 住みこみの管理人だった依田と古坂の私物はすべて警察が押収した。いまは空き家のように空っぽだ。ただし、。モナカはその例外のなかに入っていった。事件とは無関係だと見なされた結果、警察がほとんど手をつけなかった十帖ほどの書斎に。別荘時代から書斎だった部屋だそうで、しょも本も氷沼紅子の私物らしい。そういうのが全部きっちりと残っていた。

 寮生ならば本は自由に借りてもよい、言わば第四女子寮の図書室だ。高値がつきそうなこうぼんがなかったので、紅子の娘ふたりに手を出されずにすんだという。書斎の内装も別荘時代と変わらぬ姿だそうだ。杏奈が入寮したてのころ、先輩の寮生からそう聞かされた。


 モナカはその部屋になんの用があるんだろう……? 


 元管理人の住戸内にある廊下の角の陰に身をひそめて、杏奈はちょこんと顔だけを突きだした。モナカが書斎に入る瞬間をこっそりもくすると、その日は尾行を打ち切って自室に戻った。本は好きだけれど、書斎には近づきたくない。から……。


 書斎の北西の角に膝ぐらいまでの高さの引き出しがある。造りつけの家具で、板張りの床に固定されていた。だから押せども引けども動かない。高さはないが、奥行きのあるその家具の天板に、石材とおぼしきある。


 引き出しの天板と台座はくっついていた。台座からは石造りの鳩の彫像が。台座にしっかりと固定されているのだ。鳩の彫像も四体。四体とも色はぬられていないが、本物の鳩にそっくりで、そのうちの一体だけ目が赤い。四つの台座の正面には、それぞれアンティーク風の時計が組みこまれている。


 そう、これらは地下展示室にある台座と彫像のミニチュアなのだ。


 地下展示室の台座は高さが一メートルぐらいはあったはずだが、ミニチュアのほうはたぶん二十センチ前後だろう。

 杏奈が書斎を敬遠する理由がこれ。本を選ぶあいだずっと鳩の彫像に見られている気がするのが嫌なのだ。とくに赤い目の鳩が気色悪い。


 十二月二日以降、モナカは買い出しが終わると、必ず書斎に立ちよっているけれど、なにをしているんだろうか? ふつうに考えるなら本の物色? 本当にそれだけ? 


 それだけではない気がしたので、うしろめたさで胸が焼ききれそうではあるものの、杏奈は決めた。モナカが書斎に入る前に一階に下りて別室で待機しながら、ひそかに監視してみようと。依田か古坂、きっとそのどちらかの寝室だったとおぼしき空っぽの部屋で待機することにした。モナカの行動はルーティン化しているので先読みは可能だ。


 後日、杏奈は別室のドアの隙間から目を皿にして、書斎から出てきたモナカが手に持っているレジ袋やエコバッグのふくらみの変化を観察してみた。本を加えたようなふくらみは……ない。スーパーのレジ袋やエコバッグに本を入れたら、そのぶん外から見てわかるくらいにはぶんにふくらむと思う。モナカはバッグいっぱいに食材をつめこむから必ずそうなるだろう。モナカが本を借りて出てきた日は、おそらくだが一度もない。


 書斎のなかで読書してるってこと? それにしては滞在時間が短すぎない? モナカは夕飯のたくがあるからだろう、どんなに長くても必ず十分以内には出てくる。書斎で読書をしている線は薄い気がする……。


 良心を押し殺して尾行しても、せいぜいこの程度のことしかわからない。じゃあ、もういいや、やめようかな、こんなストーカーみたいなこと。杏奈がそう考えるようになった一週間後に、とうとう事態は動いた。

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