幕間 現在

現在――二〇二一年 十二月二十二日 水曜日

 十二月二十二日、――。十八時四十六分。


 展示室中央に物々しくちんしている石造りの台座が四つ、高さはすべて一メートル前後だ。台座の柱の正面には古風なおもむきの時計が組みこまれている。台座の天板には鳩の彫像がある。みつな造形で本物の鳩と見まがうほどの彫像は天板とくっついていた。彫像に色はなく、石材の灰色のままだが例外が一体、右側手前の鳩の目だけが赤い。


 それら台座の近くにハードカバーの本が一冊置きっぱなしになっていた。バリケードを作る際に邪魔だったから床に寝かしておいた本のタイトルは『回想録』、著者は氷沼紅子。


 鳩の顔の赤ずきんは相変わらず展示室のドアをぶっ壊そうと尽力している。杏奈は身震いしながら本のところまで走ってひろいあげると、表紙をのぞきこんだ。表紙は写真のようにこくめいに描写された大きなカタツムリの絵だ。裏表紙は鳩の絵だった。こちらも写実的な絵で、赤い目の鳩の胸に刃物か羽根のような物が突き刺さっている。


「赤い目の鳩……台座にも、本にも」と独りごちながら、杏奈は左手に本を持ったまま、右手はパーカーのポケットに突っこんで、ふたつ折りの小さなメモ用紙を取りだした。一段落目に〈K〉、二段落目に〈Y〉、三段落目が〈FD〉、四段落目が〈QB〉――そんな具合に四つの段落にわけて書かれたメモを。


 八年前に殺された村木の手帳に書き記されていた謎のアルファベットの写しを佐絵が持っていた。最初に寮生四人で飲んだときに、その写しを書き取らせてもらったのがこれだ。意味はだが、ルビーリングの隠し場所を示すヒントかもしれない。佐絵はそう考えていた。事実そうなら、露骨に怪しいのは展示室の台座だと思う。


 四段落にわけて書かれたアルファベット、台座も四つ……。台座と同じ数だけある時計と鳩の彫像。彫像のうち一体だけが赤い目の鳩だ。氷沼紅子の『回想録』の裏表紙にも赤い目の鳩の絵。これらすべてに意味があるとしたら? つながっているとしたら? 意味と、つながりがわかれば、ルビーリングまでたどり着けるかもしれない。


 その場合、赤ずきんにとって不都合だったりするのだろうか? 


 とどろくスレッジハンマーの打撃音と加速するどうが死のカウントダウンじみて聞こえる絶望のなか、杏奈は本を片手に持ったまま息を弾ませ、赤い目の鳩の彫像へと体を向けた。

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