6 モナカの目的

 杏奈が眉をひそめると、モナカ以外の全員が顔を見合わせた。


「断っておきますけど、祖母は心霊現象がらみの事件を解決しても、報酬はいっさい受け取っていませんでした。霊感商法なんかと同列にあつかわれるのを嫌がっていたので。幽霊がらみの事件はすべて無料で引き受けていました。霊感商法のようなインチキとは徹底的に戦う人でしたよ」


 モナカの表情も口調も引きつづき大真面目だ。


「祖母の顧客にはせいかんざいの偉い人たちもいました。そのようなお客さまたちにあっては内に外に敵が多い方も少なくはありません。四方八方から恨みを買い、怨霊に襲撃されるなんてこともあったのだとか。そこで、わたしのおばあちゃんの出番です」


「杏奈〝先生〟」

 薄笑いの若葉にひじで小突かれた。「卒業制作のルビーリング探しが上手くいなかったら、オカルトにハマった大学生に密着した取材記事なんてどう?」


「そうしたいなら協力しますよ」答えたのはモナカだった。「卒業制作、変えたんですね。八年前の事件から氷沼紅子のルビーリング探しに。それはそれで面白そうです」

 若葉の当てこすりなどモナカにはノーダメージらしい。表面上はそう見えた。


「オッケー。おばあちゃんが霊能力者? いいね。わたしはがっつり信じるぜ」

 ひりつきはじめた空気を嫌った様子の佐絵が取りなすように割って入った。「霊能力者で探偵とか、かっけぇなあ。けど、いまその話はなしだ。なっ?」

 モナカの目頭と唇が微かに動きかけたが、声になる前に佐絵が〝霊能者の孫〟の鼻先に人差し指を突きつけた。

「赤ずきんのモナカちゃん、超ぉ似合ってる。ハイパー、ゴリゴリにかわいい」

「ハイパーうれしいです。佐絵さん、ひとつ質問を許可してください」

「……いいぜ。許可してつかわす」

「この赤ずきんの衣装と鳩マスク、八年前の事件のときの衣装でしょうか? 同じ物は他にはありませんでしたけど」


 そういえば昨日、衣装が八年前の事件の物なら助かるとかどうとかモナカは言っていた。


「りんかが実際に着ていた服かって言われたら、それはちがう。たしかに赤ずきんの衣装も鳩マスクもそれひとつだけだが、りんか着用のレア物じゃあない」

 佐絵は黒ビールを豪快に飲みほすと、矢継ぎ早にグラスにつぎ足した。

「その衣装はな、わたしが寮に入った年度、つまり事件の翌年度に一緒に入寮した同学年の寮生が買ったやつさ。吉野りんかは赤いパンプスだったが、そいつはヒールが苦手でね。パンプスじゃなくて、底の薄っぺらい赤いフラットシューズをはいてたはずだ。探せば地下倉庫のコスプレの衣装棚にあると思うぜ、その赤いフラットシューズも」


 事件からさほど時間が経っていないのに、赤ずきんに鳩マスクのコスプレか……。さすがに不謹慎なのではないかと思ったが、「いつの時代のどこにでもひんしゅくを買いたがるやつはいるもんさ」と苦笑した佐絵が、空になった杏奈のグラスにビールをそそいだ。


「りんかが着ていた衣装はどうなったんですか?」とモナカがたずねた。


「警察が持っていったよ。で、それきりだ。先輩たちはそう言ってた。女子寮には戻されていない。それはたしかさ。噂じゃあ、りんかの両親が買い取ったらしいぜ。鳩のかぶり物までな。気色悪くねえのかなって思うけど、娘が最期に身につけてた遺品だからな」


「左様ですか……」

 モナカはうなだれて、なぜかメガネまでズレて、露骨に残念そうだ。「吉野りんかが着ていた物なら、、と思ったのに」


「残っていたら」若葉の声が挑発するように上ずった。「なにがどうなっていたの?」


「若葉っ……」今度は杏奈が友人に肘打ちする番だ。「ちょっと」

「わたしは幽霊なんて信じない。死後の存在などつまらないから」

 一昨日、若葉は同じようなことを言っていた。生きている人間のほうがずっと怖いと。


「霊魂が残っていたとしても、わたしにはどうすることもできません」

 モナカは淡々と答えた。

「祖母とちがって、わたしには霊能力がありませんから。衣装に霊魂が残っていたら、本物の霊能力者に見てもらうつもりでした。知り合いに何人かいますからね。そのうちの誰かに口寄せなりなんなりしてもらって、幽霊の実在をたしかめるつもりだったのです」


「モナカには霊能力がないんだ?」

 若葉は笑い飛ばそうとしたようだが、じっと見つめる杏奈の視線にあらためて気がついたようだ。微かに鼻息をもらすと、モナカに和解を求めるような微笑を向けた。

「……ごめん。突っかかったわたしが悪かった。嫌な言い方しちゃった。ゆるして」

「ゆるすもなにも、わたしは気にしていませんよ」

 モナカは本当にそんな顔つきだった。天然なのか、常人とは神経の種類が異なるのか。


「わたしは信じてないけど、モナカが幽霊を信じたいのなら、それでいいよ」

 モナカのグラスが空になったので若葉がコーラをつぎ足してあげた。「でもさ、モナカの知り合いに信頼できる霊能力者がいるんだったら、わざわざうちの寮に入って幽霊の存在をたしかめる必要なんてなかったんじゃないの?」


「念には念です。わたしは霊能力者の方々がじょれいなどを行っている現場に立ち会ったことがありません。一度もね。祖母にも知り合いの霊能力者の方々にも、何度も同行させてほしいとお願いしましたが、万が一のことがあってはダメだからと断られつづけました」


 除霊の現場を見たことがないのか……。そりゃそうだ、と杏奈は思った。カモに手の内をさらす詐欺師なんかいない。そんな意地悪な言葉が杏奈の脳裏をかすめていったが、若葉も折れたことだし、なごみはじめた場の雰囲気を壊したくなかったので言葉にはしなかった。


「祖母や信頼できる霊能力者の方々の人柄、伝え聞く内容からして、霊の存在は確信しています。しかし、わたし自身の目で実際に確認したわけではないのです。ほんのわずかながら、幽霊が実在していない可能性もあると思っています。わたしは幽霊の実在を完全に確信するために第四女子寮に来たのです。吉野りんかの怨霊にぜひとも会いたいと思っています」


「モナカの親はなんも言わないの?」

 若葉の表情が無理して浮かべたような笑顔になる。頬が引きつっていた。「この話題は、これが最後の質問ってことで訊きたいんだけど」


「なにも言いません。言ってくれません。いませんからね、わたしに親は」

 プツプツと泡立つ炭酸、コーラの入ったグラスがモナカの唇にふれかけて止まった。


「両親は、わたしが小学生のころに離婚しました。それ以来、母親とはあまり会っていません。最後に母と会ったのは、父と姉の葬儀のときでした。法事にも顔を出しませんから、うちの母は」


 父と姉の葬儀――不意打ちすぎて杏奈は絶句した。若葉も佐絵も、モナカ以外は。


「必ず幽霊を見つけだしてみせます。その存在を証明してみせます」

 当のモナカは無表情だ。無表情のまま、泡立つコーラの表面をじっと見つめていた。

「死んだ……父と姉のためにも」

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