5 ハロウィン

 ハロウィンだからって大騒ぎはしない。この前みたいに一階の食堂で飲むだけだ。


 若葉はセクシー魔女、モナカは吉野りんかを真似た赤ずきんだが、後者は問答無用で気味が悪いので誰も笑い飛ばせない。鳩マスクはすぐに外してもらった。手袋はしていたが、赤いハイヒールのパンプスは……はいていない。モナカは底の薄い草履をはいている。


「ハイヒールは持っていません。倉庫にもなかったです。これが一番楽ちんです」

 モナカが自分の足もとを指さした。すそまでの長さが同程度のマントとドレスの末端が、モナカのくるぶしと草履の中間にある。いつも裸足だけど、寒くないのかな? 


「とりあえず、みんなで乾杯しようぜ!」

 モナカをのぞく全員のグラスにギネスの黒ビールを入れて回ったのは、ドラキュラの仮装を選んだ佐絵だった。手袋を外したモナカのグラスにはコーラをそそいだ佐絵は、流し目で杏奈を見つめながら笑いかけてきた。

「杏奈ちゃん、超ぉ似合ってるよ。自分でも似合ってるって思ってるんだろ?」

「そんなわけないです。わたしはただ」

 ただただ恥ずかしい。「なんでこんな衣装があったんですかね?」


「さあな。いろんな趣味のやつがいるから。支配欲をそそるねえ……飼いたいよ」

 佐絵は吸血鬼が血を欲しがるときのようなえた息づかいをする。「ちゃん」

 そう、ヒヨコだ。黄色のヒヨコ。頭からすっぽりかぶる衣装のヒヨコ。ヒヨコの口から杏奈の顔が出ている。例の鳩マスクのようなリアルな造形ではない。アニメ風で、そのぶん幼さが強調されていた。


「大人のやる格好じゃないと思われるが……」

 自己批判した杏奈に、「それは偏見でちゅ」と赤ちゃん言葉で若葉がにやつく。

「最高でちゅね」と、モナカまで悪ノリしてくる。佐絵は腹を抱えて笑いだした。

「どうもでちゅ」仕方がない。杏奈も割りきった。「みんなキモいよ。乾杯!」

 全員のグラスがコツンとぶつかる。


 テーブルにはバーンブラック――レーズン入りの茶色のパンケーキのような物――や、マッシュポテトにキャベツやクリームを加えたコルキャノンなどのアイルランド料理が並んでいる。ハロウィンの起源はアイルランドだそうだ。モナカがネットで検索して見よう見まねで作ってくれた。


「モナカは若いんだからさ、まだ引き返せるって。幽霊はあきらめて料理人になれ」

 佐絵が口うるさい親戚みたいに説教しだした。前にみんなで集まったときも同じようなことを言われていたが、前回同様、モナカはおよそ無表情で聞く耳を持たない。


「料理で生計を立てる将来は除外しておりませんが、幽霊との出会いが先です。わたしは氷沼女子に入学しました。この第四女子寮の寮生にもなったのです」


「ほんとに幽霊に会うつもりなの、吉野りんかの?」

 若葉が笑いかけてやめたのは、モナカが真顔で「はい」と即答したからだろう。

「わたしは幽霊に関わる情報を常に集めています。大学に入ってからも、入る前も。全国うらうらから集めたぎょくせきこんこうの情報をぎんした結果、吉野りんかの幽霊は実在している可能性が高いと判断しました。しかるがゆえに、第四女子寮の寮生になったのです」


「吉野りんかの幽霊がいるって、モナカが信じた根拠は?」

 たずねた若葉の目と口調が傍目にもそれとわかるほど冷めていく。

「根拠ならあります」

 モナカは自信満々だが。

「死んだ全員が幽霊になるわけではありません。のです。条件は大まかに言って、ふたつ。吉野りんかは、このふたつを満たしていた可能性があります」


「へえ」若葉の声がますます冷めていく。「それってどんな条件?」


「条件その一、生前に強い恨みなどの強烈な感情を抱いて死んでいること。

 条件その二、生前に霊能力を持ち合わせていること。それなり以上の霊能力をね。

 これらふたつの条件を満たした場合にのみ、幽霊になれるみたいです」


 若葉の鼻で嗤う声が漂った。モナカにもそれはわかったはずだが、「わたしなりに吉野りんかについて調べてみました。彼女には強力な霊感があったはずです」と涼しい顔で語を継いだ。霊感ねえ……。りんかに? 杏奈は初耳だ。


「りんか本人も周りの人たちも、ものすごく勘のいい人、という認識みたいでしたけどね。理屈抜きで真実を言い当てたりするようなことがあったそうです、頻繁に」

 モナカが言うには、それが「吉野りんかの霊感」だそうだ。


「学生がクスリ漬けにされて売春までやらされている――八年前の時点では真偽の定かでなかったそんな噂を鵜呑みにして、わざわざ第四女子寮まで引っ越してきた吉野りんか先輩の行動力の源は、みんなが認めていた正義感の他にもあったというわけです」


 十中八九、モナカは真剣に話しているのだが、杏奈たちはすっかり怪訝な顔つきだ。


「りんか先輩の霊感は悪を見抜く強力なセンサーになっていたのでしょう。ふつうの人とはちがっていたのです。たんなる噂じゃない、絶対になにかあるぞ――りんか先輩だけはそう確信できた。持ち前の正義感にも背中を押されて、行動に移した」


「モナカの話によると、りんかは自分の霊感に無自覚だったんだよね?」

 若葉が訊いた。


「はい、わかってはいなかったと思われます。よくあることです。自分の勘のよさが霊感にもとづくものだと気づいていない人は実際のところ多くて――」

 さすがに最後まで聞くのがバカらしくなってきた。霊感とか言われた時点で猛烈にうさん臭い。聞くにたえなくなってきたのか、若葉も苦味を押し殺した声でげんにさえぎった。

「幽霊になるためには条件があるって言ったよね? そんなルール、誰が決めたの?」

「誰が決めたのかは知りません。わたしにそう教えてくれたのは父方の祖母です」

 モナカの返答には迷いがない。もっきんのように打てば響く即答だ。弁舌も流水のようになめらかだった。役者か詐欺師の才能があるよ、と杏奈は思ってしまった。


「わたしの父方の祖母は亡くなっていますが、生前は優秀な霊能力者でした。探偵もやっていたんです。心霊現象がらみの事件を解決していました。知っている人は知っている超有名人。それが、わたしのおばあちゃん。有能で本物――正真正銘の霊能力者です」

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